飛行甲板






全通形式の飛行甲板を持つ原子力空母「ジョージ・ワシントン」


飛行甲板(ひこうかんぱん、英語:flight deck)とは艦船における航空機運用のための甲板のこと。ヘリコプターのみを対象としている場合はヘリコプター甲板ヘリ甲板とも言う。


飛行甲板は航空母艦にとって最も重要なものであり、黎明期の一部の艦を除いて艦首から艦尾まで通じた全通甲板となっている。強襲揚陸艦/ヘリコプター揚陸艦においても、全通形式の飛行甲板を有しているものがほとんどである。


文献・書物・作品によっては航空甲板という用語が用いられる場合も多いが、基本的に飛行甲板と同義である。




目次






  • 1 概要


  • 2 装甲


  • 3 ヘリコプター甲板


    • 3.1 着艦拘束装置




  • 4 早期の戦艦・巡洋艦


  • 5 脚注


  • 6 参考文献


  • 7 関連項目





概要


ヘリコプター/垂直離着陸機を除き、航空機の発着には滑走スペースが必要である。艦船上における滑走スペースが飛行甲板と称される。




空母「レンジャー」へ着艦するSBD


世界初の飛行甲板は、アメリカ海軍の軽巡洋艦「バーミングハム」に設置されたものであった。前甲板に飛行甲板として滑走台が設置された。これは、木製で仮設のもので、艦橋から艦首まで占め、前方へ傾斜していた。1910年11月14日にユージン・バートン・イーリーがカーチスD複葉機を操縦し、そこから離艦している。


1911年1月18日にはサンフランシスコ湾上で着艦実験が、同じくユージン・バートン・イーリーの操縦するカーチスD-IV複葉機によって行われた。装甲巡洋艦「ペンシルベニア」の後甲板に特設の飛行甲板が設けられ着艦および発艦に成功している。「ペンシルベニア」の飛行甲板には現代の空母が装備しているものにつながる着艦する飛行機を制動する仕組み、横索式のアレスティング・ワイヤーが設けられていた。ペンシルベニアの時点ではアレスティング・ワイヤーに適切な制動力を制御して与える仕組みの開発が行われていなかったため、ワイヤーの両端を砂袋に結びつけ、着艦する機体に装備されたアレスティング・フックに引っかけられたワイヤーが砂袋を引きずる抵抗を制動力とした。




全通形式の飛行甲板を有する空母「鳳翔」


世界初の航空母艦である「フューリアス」は、1917年の改装により前部砲塔を撤去し、前甲板を飛行甲板にした。艦中央に艦橋・煙突、艦後部に砲塔を残したままであった。当初は発艦のみを行い、後には艦橋を越えてから横滑りで着艦する運用を行ったが、運用性が高いものではなかった。そのため、1917年中に艦後部も着艦用の飛行甲板に改装された。艦橋は残ったままであり、滑走スペースの不足や艦の前後への機体の移動が不便であった。1922年の改装により、全通甲板へと改められ、滑走距離が確保され、航空機運用が容易となった。1920年代の「鳳翔」や「ハーミーズ(初代)」では新造時より全通形式の飛行甲板を有していた。


「フューリアス」のほか、グローリアス級航空母艦、「赤城」、「加賀」では一時期、多段式の飛行甲板を有した(多段式空母)。「フューリアス」・グローリアス級航空母艦は2段、「赤城」・「加賀」は3段である[1]。当時の艦上機は複葉機で発艦・着艦に要する滑走距離が非常に短かったため、最上段を離着陸に用い、中・下段でも同時発艦を狙うものであった。しかし、航空機の高性能化で、より長い滑走距離が求められるようになると、最上段の全長が制限される上に下層の飛行甲板も設置位置が必然的に低くなってしまうため多段式飛行甲板は不便であった。そのため、後年すべての空母が一段式の全通甲板に改装されている。




アングルド・デッキ


1940年代までの飛行甲板は直線状であり、着艦失敗機が艦前部に駐機中の機体に衝突する恐れがあり、そのまま再度発艦して着艦をやり直すことも不可能であった。1950年代にイギリス海軍でアングルド・デッキが考案され、1952年にイギリス海軍の「トライアンフ」で試験が開始された。当初は、甲板形状を変更せず、着艦ラインを艦首尾線に角度をつけたものであった。これは、着艦の復行が行いやすくなり安全性が向上するほか、発着艦が同時に行える利点があった。このため、アングルド・デッキはさらに発展し、着艦帯方向にも飛行甲板が拡張されるようになり、20世紀後半以降の大型空母では飛行甲板が左右非対称となっている。イギリス海軍でも1950年代から既存空母にも改装により取り付けられたほか、アメリカ海軍のエセックス級航空母艦やミッドウェイ級航空母艦にも改装取り付けが行われた。角度については、ニミッツ級航空母艦で9度となっている。




スキー・ジャンプ甲板


陸上の滑走路と異なり、面積が限られている飛行甲板においては、発着艦を援助する設備が設けられている。


発艦の支援としては、カタパルトが設置され短い滑走距離での発艦を可能としている。航空母艦用のカタパルトは第二次世界大戦直前に実用化された当初は油圧式であったが、1950年代により高出力の蒸気式へと発展し、将来的には電磁式が構想されている。


インヴィンシブル級航空母艦をはじめとするV/STOL空母(軽空母)ではカタパルトは有さないが、スキー・ジャンプ甲板により搭載機の発艦を助けている。「アドミラル・クズネツォフ」もCTOL空母ではあるが、STOBAR方式によりスキー・ジャンプ甲板を有している。


着艦の支援としては、着艦機に急制動をかけるアレスティング・ワイヤーが設置されている。前述のように1911年のペンシルベニアにおいて既にアレスティング・ワイヤーの横索式理論は存在していたが、横索式アレスティング・ワイヤーは空母で連続して用いるには制動装置の実用化が不可欠であり、その開発には16年を要した。その間にイギリス・日本で建造された空母には縦索式アレスティング・ワイヤーが設置されたが制動能力に著しく劣り問題が多かった(詳細は「アレスティング・ワイヤー」参照)。フランスで1927年に建造された空母「ベアルン」で横索式アレスティング・ワイヤーが実用化された後、各国がこの技術を導入して1931年までに各国の空母のアレスティング・ワイヤーは横索式に統一された。飛行甲板形状が直線形状だった時代は10~18本と多数のアレスティング・ワイヤーが設置されていたが、アングルド・デッキの実用化により着艦やり直しが容易となった後は4本もしくは3本と少数のアレスティング・ワイヤーが設置されるようになっている。


このほか、ジェット排気が他所への影響を与えないように、ブラストディフレクターが甲板に埋め込まれており、使用時には甲板より立ち上がり、排気を上方へ逃がしている。




装甲


飛行甲板は艦体上部にあり、装甲を施すことはトップヘビーの恐れから容易ではなかった。飛行甲板の装甲化はイギリス海軍が最初に行っている。装甲飛行甲板は「イーグル(初代)」に装備された。


イラストリアス級航空母艦も装甲化した飛行甲板を持ち重防御であった。ただし、代償として搭載機数の減少を招いている。日米海軍は軽防御で、搭載機数の多い空母を優先して建造したが、飛行甲板の脆弱性は実戦運用に不利の面があった。エセックス級航空母艦では、飛行甲板は無装甲であり、格納庫甲板が装甲化されていた[2]。アメリカ海軍では、ミッドウェイ級航空母艦以降、日本海軍では「大鳳」において飛行甲板の装甲化を行った。



ヘリコプター甲板





「レンツ」のヘリコプター甲板

 

「ちきゅう」のヘリコプター甲板の支持構造



ヘリコプターは発着艦に対し、滑走が不要である。そのため、飛行障害の少なさから、全通甲板はヘリコプター用の飛行甲板としても優位であるが、発着艦設備としては必ずしも必要ではない。


駆逐艦などにヘリコプターを搭載する場合、艦体中央上部や艦尾にシンプルな飛行甲板を設けることが多い。また、これらの小型艦は、全通甲板を設置できる大型艦よりも動揺が激しいことから、一部の艦では着艦拘束装置を設けて、荒天時の着艦を支援している。一方、船尾甲板を作業スペースとして使う掘削船などの場合には、船体前方に大きく張り出すように配置されることもある。



着艦拘束装置


ヘリコプター用の着艦拘束装置として有名なのが、カナダ海軍の開発したベア・トラップ・システムである。これは、ヘリコプターの機体下面に設置されたプローブと、艦の飛行甲板上に設置されたベア・トラップおよびその移動軌条によって構成されており、荒天時においても機体を安全に発着艦させ、また格納庫と飛行甲板の間を移送することができる。プローブは、艦上機の着艦フックに相当するものであり、ここからはメッセンジャー・ワイヤーが繰り出される。ベア・トラップからはリカバリ・アシスト・ケーブルが繰り出され、メッセンジャー・ワイヤーと連結されて、機体側まで引き上げられる。ケーブルが機体と連結されると、ベア・トラップ内のウィンチによって巻き取られ、これによって機体は甲板上まで手繰り寄せられる。ベア・トラップの後方半分は四角形の開口部となっており、機体が着艦するとプローブはこの開口部に挿しこまれ、両側から挟み込まれて固定される。これによって機体は係止される。なお、このような着艦方法は、海上自衛隊ではテザード・ランディング、アメリカ海軍ではリカバリー・アシスト・ランディングと呼称されるが、ケーブルの扱いが煩雑であることから、実運用上は、よほどの荒天でなければ利用されず、多くの場合は、ケーブルに頼らずに、パイロットの操縦によって直接プローブをベア・トラップに挿しこむ方法(海上自衛隊ではアン・テザード・ランディング、アメリカ海軍ではテザード・ランディングと呼ばれる)が用いられる。ベア・トラップ・システムは、1970年頃に開発され、サン・ローラン級駆逐艦に初めて搭載された[3]のち、カナダ海軍で標準的なものとなったほか、海上自衛隊でも採用された。また、のちにはアメリカ海軍の要求を加味した上でLAMPS Mk.IIIでRAST (Recovery Assist, Secure and Traverse) システムとして採用された。


ただし、ベア・トラップ・システムはかなり大がかりなシステムであることもあり、より小規模なハープーン・グリッド・システムも開発されている。これはフランスDCNS社によって開発されたもので、欧州各国のフリゲートやMEKO型フリゲートなどで広く採用されている。ハニカム構造のステンレス板(「グリッド」)を飛行甲板中央に甲板と面一になるように埋め込み、ここにヘリコプター胴体下面に設置された伸縮式のハープーンをさしこんで、機体を拘束するという仕組みであり、ベア・トラップ・システムからケーブルを省いて、アン・テザード・ランディングのみで運用するようにしたものといえる。
















地上施設でリカバリー・アシスト・ランディングを展示するSH-60


グリッド上に駐機されているリンクス

地上施設でリカバリー・アシスト・ランディングを展示するSH-60



グリッド上に駐機されているリンクス







早期の戦艦・巡洋艦


早期の戦艦・巡洋艦においては、索敵・弾着観測を目的として、数機の水上機を艦載機として装備し、1基もしくは2基のカタパルトにて射出、帰投時は水面に着水してデリックで引き上げるという運用がなされていた。カタパルト・デリック・艦載機の露天繋止と移動のための飛行機運搬軌条と転車台などの一連の設備は、主に艦の後部の甲板上に設置されていた。この水上機運用設備が設けられた一帯の甲板を指して、飛行甲板もしくは航空甲板、カタパルト甲板と呼称される。


甲板そのものが艦上機の滑走を目的とした設備である航空母艦の場合と比べ、戦艦・巡洋艦においては飛行甲板が滑走に用いられることはないのが違いである。


大日本帝国海軍の戦艦は基本的に甲板上面に防熱と滑り止めを目的として木を張っていたが、金剛型から長門型までの10隻の戦艦は飛行甲板エリアに限ってリノリウム張りとされていたため、外見上の大きな特徴として見分けられる。大和型の飛行甲板は滑り止め加工をされた鉄板敷きであったので、これも他の甲板から外見で区別しやすかった。



脚注





  1. ^ しかし「赤城」・「加賀」の2段目は主砲等の障害物が多く実際の発艦に用いられることはなかった。


  2. ^ エセックス級空母 白石光 歴史群像2012年2月号 P22-25 学習研究社


  3. ^ 丸スペシャル No78「電波兵器/主機/艦載ヘリコプター」 株式会社潮書房 1983年




参考文献



  • 江畑謙介 『艦載ヘリのすべて―変貌する現代の海洋戦』 原書房、1988年。ISBN 978-4562019748。

  • DCNS (2008年9月). “Helicopter landing grids - Helicopter and UAV flight deck securing devices (PDF)” (英語). 2010年4月17日閲覧。



関連項目







  • 航空機の離着陸方法

  • 格納庫

  • ヘリポート

  • 水上機





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