ネアンデルタール人






















ネアンデルタール人

生息年代: 0.25–0.028 Ma

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更新世中期-更新世後期


Homo sapiens neanderthalensis.jpg
ネアンデルタール人の頭骨


地質時代

更新世

分類










































































:

動物界 Animalia


:

脊索動物門 Chordata

亜門
:

脊椎動物亜門 Vertebrata


:

哺乳綱 Mammalia


:
霊長目(サル目) Primates

亜目
:

真猿亜目 Haplorhini

上科
:

ヒト上科 Hominoidea


:

ヒト科 Hominidae

亜科
:

ヒト亜科 Homininae


:

ヒト族 Hominini

亜族
:

ヒト亜族 Hominina


:

ヒト属 Homo


:
ホモ・ネアンデルターレンシス
H. neanderthalensis
あるいは
ホモ・サピエンス
H. sapiens

亜種
:
ホモ・ネアンデルターレンシス
あるいは
ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス


学名

Homo neanderthalensis

King, 1864
または
Homo sapiens neanderthalensis




和名
ネアンデルタール人
英名

Neandertal

ネアンデルタール人(ネアンデルタールじん、Neanderthal)は、約40万年前に出現し、2万数千年前に絶滅したとみられるヒト属の一種である。ただし、新しい学説では、4万年前に絶滅したと示されている[1]


発見された頃、Homo neanderthalensisと名付けられ、ホモ・サピエンスと異なる種とされていた。しかし、現在はネアンデルタール人をホモ・サピエンスの一亜種であるホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス (Homo sapiens neanderthalensis) と分類する見方が一般的である[2][3][4][5]。この場合ネアンデルタール人と現世人類との分岐直前(約47万年前)の共通祖先もまたホモ・サピエンスということになる。本項ではいずれの学名でも通用する「ネアンデルタール人」を用いる。


かつて、ネアンデルタール人をホモ・サピエンスの祖先とする説があった。しかし、遺骨(化石)から得られたミトコンドリアDNAの解析結果に基づき、現在ではネアンデルタール人は我々の直系先祖ではなく別系統の人類であるとする見方が有力である。両者の遺伝子差異は他の動物種ならば別種と認定されるレベルであり、ネアンデルタール人とホモ・サピエンスは混血できなかったとする考え方が有力であった[6]。しかし、2010年5月7日のサイエンスに、われわれホモ・サピエンスのゲノムにネアンデルタール人の遺伝子が数%混入しているとの説が発表された[7]


シベリアのアルタイ地方で発見されたデニソワ人はネアンデルタール人の兄弟種である可能性が高い。ただし、統計的分析ではゲノムの変化が大きすぎるため、未だゲノムが解析できていない初期人類とネアンデルタール人の混血によって生まれたのではないかということで、独立の種としてみなせないのではという議論もある。なお、同時代に生存していたインドネシアのフローレス島で発見されたフローレス人はホモ・エレクトスである可能性が高い。




目次






  • 1 概要


  • 2 研究史


    • 2.1 発見


    • 2.2 ウィルヒョーらによる批判と進化論の登場


    • 2.3 研究の進展


    • 2.4 単一起源説の登場と分子生物学における研究




  • 3 特徴


  • 4 文化


    • 4.1 人口


    • 4.2 石器


    • 4.3 住居


    • 4.4 埋葬


    • 4.5 芸術


    • 4.6 食人行為


    • 4.7 火の利用




  • 5 進化


  • 6 絶滅


  • 7 現代人に受け継がれたネアンデルタール遺伝子(最新の研究による)


  • 8 脚注


    • 8.1 注釈


    • 8.2 出典




  • 9 参考文献


  • 10 関連書籍


  • 11 関連項目


  • 12 外部リンク





概要




ネアンデルタール人(ラ・フェラシー1)の骨格標本と復元模型。国立科学博物館の展示。ポーズの状況設定は「現代につれてこられて動揺しているが、平静を装っている」[8]


ネアンデルタール人は、ヨーロッパを中心に西アジアから中央アジアにまで分布しており、旧石器時代の石器の作製技術を有し、火を積極的に使用していた。


なおネアンデルタール人は過去に「旧人」と呼称されていたが、ネアンデルタール人が「ホモ・サピエンスの先祖ではない」ことが明らかとなって以降は、この語は使われることが少ない[要出典]


現生人類であるホモ・サピエンス誕生は約28万年前であるが、ホモ・サピエンスの直接の祖先のうち、25万年前以上前に活動・生息していた人類祖先も旧人段階にあったと考えられるため、ネアンデルタール人だけが「旧人」に該当するわけではない。ホモ・ヘルメイ、ホモ・ローデシエンシス、そしてホモ・サピエンス・イダルトゥ発生以前の古代型サピエンスも旧人段階に該当する人類であると考えられる。また、上記の通りネアンデルタール人は広い地域に分布して多数の化石が発見されており、それらは発見地名を冠した名称で呼ばれる。例として、ラ・シャペル・オ・サン人(La Chapelle-aux-Saints、以後は「ラ・シャペローサン人」とする)、スピー人、アムッド人などが挙げられる。


ホモ・サピエンスの誕生を概略すると、ヘルト人すなわちホモ・サピエンス・イダルトゥから約80万年前にネアンデルタール人が分岐し、40-50万年前にはデニソワ人すなわちホモ・サピエンス・アルタイが分岐し、最終的にヘルト人から約28万年前に現生人類ホモ・サピエンス・サピエンスが分岐して、その後10万年前までにヘルト人は絶滅した。これらはヒト属の兄弟種にあたる。


本稿では「ネアンデルタール人類」の用語を用いる。ネアンデルタール人から最も拡張した学術用語として旧人段階の人類全てをネアンデルターロイドと呼ぶこともあり、ホモ・ローデシエンシスまでをも含むこともある(世界大百科事典 [要文献特定詳細情報])が、命名の経緯はどうであれ実質は進化段階を示す用語であり、ネアンデルターロイドは生物学的単一種を意味しない。本項ではネアンデルタール人類について記述する。



研究史




ネアンデルタール人の化石が発見された地点(赤丸)。薄紫色の部分は氷床に覆われていた。





ネアンデルタール博物館での展示





ネアンデルタール博物館での展示



発見


最初に発見されたネアンデルタール人類の化石は、1829年にベルギーのアンジスで発見された子供の頭骨である[9]。1848年にはスペイン南端のジブラルタルからも[10]女性頭骨が見つかっている。しかしこれらの古人骨が発見された当時は、その正体はわからないままであった。


最初に科学的研究の対象となったネアンデルタール人類の化石が見つかったのは1856年で、場所はドイツのデュッセルドルフ郊外のネアンデル谷 (Neanderthal) にあったフェルトホッファー洞窟であった。これは石灰岩の採掘作業中に作業員によって取り出されたもので、作業員たちはクマの骨かと考えたが念のため、地元のギムナジウムで教員を務めていたヨハン・カール・フールロットの元に届けられた。フールロットは母校であるボン大学で解剖学を教えていたヘルマン・シャーフハウゼンと連絡を取り、共同でこの骨を研究。1857年に両者はこの骨を、ケルト人以前のヨーロッパの住人のものとする研究結果を公表した[11]:217-219。ちなみにこの化石は顔面や四肢遠位部等は欠けていたが保存状態は良好であり、低い脳頭骨や発達した眼窩上隆起などの原始的特徴が見て取れるものである。



ウィルヒョーらによる批判と進化論の登場


フールロットとシャーフハウゼンによる研究は多くの批判に晒された。ボン大学のオーギュスト・マイヤーはカルシウム不足のコサック兵の骨ではないかと主張し、病理学の世界的権威であったベルリン大学のルドルフ・ルートヴィヒ・カール・ウィルヒョーもくる病や痛風にかかって変形した現代人の老人の骨格と主張した。


しかし1858年から1859年にかけて、アルフレッド・ラッセル・ウォレスとチャールズ・ダーウィンが進化論を発表すると、問題の古人骨も進化論の視点から再検討された。1861年にはフールロットとシャーフハウゼンによる論文が英訳され、1863年にはトマス・ヘンリー・ハクスリーが自著においてこの古人骨を類人猿とホモ・サピエンスの中間に位置づける議論を行った。1864年にはゴールウェイのクイーンズカレッジ(現在のアイルランド国立大学ゴールウェイ校)で地質学を教えていたウィリアム・キングがこの古人骨に「ホモ・ネアンデルターレンシス (Homo neanderthalensis)」 の学名を与えた。


1901年から1902年にかけては、当時シュトラスブルク大学で教鞭を執っていたグスタフ・アルベルト・シュワルベ (Gustav Albert Schwalbe, M.D.) がジャワ原人とネアンデルタール人との比較研究を行い、ネアンデルタール人をホモ・サピエンスの祖先とする論文を発表した[11]:218-220



研究の進展


20世紀前半には、ネアンデルタール人類の完全に近い骨格化石がフランスのラ・シャペローサン、ラ・フェラシー、ラ・キーナその他ヨーロッパ各地から幾つも発見されて彼らの形質が明らかになった。それとともに、彼らとホモ・サピエンスとの関係が議論されるようになった。


ラ・シャペローサン出土の完全骨格を調査したフランスのマルセラン・ブールは1911年から1913年にかけての論文で、ネアンデルタール人類は現生人類と類人猿との中間の特徴を持ち、曲がった下肢と前かがみの姿勢で歩く原始的な人類(原始人)とした。ブールはシュワルベとは異なり、ネアンデルタール人をホモ・サピエンスの祖先とは考えない立場を採った。また、脳は大きいが上下につぶれたように低いので知能も低く、野蛮で獣的であるとの説も広まった[12]


1929年から1933年にはイスラエルのカルメル山にあるナハル・メアロットの洞窟群でネアンデルタール人類とホモ・サピエンスの中間的な形質のある化石人骨が次々に発見された。第二次大戦後にはラ・シャペローサン人の化石が再検討され、類人猿的とされた特徴は老年性の病変もしくは先入観による誤認であることが明らかとなった[11]:214-215


1951年から調査が始まったイラクのシャニダールでは、発掘されたネアンデルタール人類の第4号骨格の周辺の土をラルフ・ソレッキが調査したところ、少なくとも8種類の花の花粉や花弁が含まれるとの結果が出た。ソレッキはこの結果を、遺体に献花されたものであると解釈した。しかしながら、この解釈に対しては異論も提出されており、ネアンデルタール人が仲間の遺体に花を添えて埋葬したのかどうか、はっきりとした結論は出されていない[11]:224-225



単一起源説の登場と分子生物学における研究


ネアンデルタール人をホモ・サピエンスの祖先と見る立場の場合、ネアンデルタール人からホモ・サピエンスへの進化は世界各地で行われたと考える(多地域進化説)。これに対し、ウィリアム・ハウエルズ (William White Howells) は1967年の著書Mankind in the makingにおいて、単一起源説を主張し、ネアンデルタール人はホモ・サピエンスの祖先ではないとした[11]:228


1997年にはマックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボらがフェルトホッファー洞窟で見つかった最初のネアンデルタール人の古人骨からDNAを抽出し、ホモ・サピエンスとの関係を検討した研究を発表。ネアンデルタール人をホモ・サピエンスの祖先とする立場は否定された[13]



特徴




1888年時点の最初期の復元図




現生人類(左)とネアンデルタール人(右)の頭蓋骨の比較写真




現生人類(左)とネアンデルタール人(右)の頭蓋骨の比較図


典型的なネアンデルタール人類の骨格は、上記のラ・シャペローサンからほとんど完全な老年男性のものが発見されたほか、西アジアや東欧からも良好な化石が出土している。それらに基づくネアンデルタール人類の特徴は次のようなものである。



  • ネアンデルタール人の脳容量は現生人類より大きく、男性の平均が1600 cm3あった(現代人男性の平均は1450 cm3)。しかし、頭蓋骨の形状は異なる。脳頭蓋は上下につぶれた形状をし、前後に長く、額は後方に向かって傾斜している。また、後頭部に特徴的な膨らみ(ネアンデルタール人のシニョン)がある。

  • 顔が大きく、特に上顔部が前方に突出して突顎である。鼻は鼻根部・先端部共に高くかつ幅広い。これらの形質に呼応して上顔部は現生人類のコーカソイドと同じか、さらに立体的(顔の彫が深い)である。顔の曲率を調べる方法の一つとして「鼻頬角(びきょうかく)」があり、これは左右眼窩の外側縁と鼻根部を結ぶ直線がなす角度で、コーカソイドで136度から141度であり、モンゴロイドでは140度から150度であるが、ネアンデルタール人類では136.6度であった。他に、眉の部分が張り出し、眼窩上隆起を形成している。また、頤(おとがい)の無い、大きく頑丈な下顎を持つ。

  • 現生人類と比べ、喉の奥(上気道)が短い。このため、分節言語を発声する能力が低かった可能性が議論されている。


  • 四肢骨は遠位部、すなわち腕であれば前腕、下肢であれば脛の部分が短く、しかも四肢全体が躯体部に比べて相対的に短く、いわゆる「胴長短脚」の体型で、これは彼らの生きていた時代の厳しい寒冷気候への適応であったとされる(アレンの法則)。


  • 男性の身長は165cmほどで、体重は80kg以上と推定されている。[要出典]骨格は非常に頑丈で骨格筋も発達していた。

  • 成長スピードはホモ・サピエンスより速かった。ただし寿命、性的成熟に至る年齢などは、はっきりとしない。1歳2ヶ月ほどで乳離れをしており、出産間隔も短かったとの説がある[14]。2017年、スペイン国立自然科学博物館などが発表した論文によれば、ネアンデルタール人は成長速度が早かったのではなく、成長期が長かった可能性があるという説を唱えた。おそらく12歳ほどと思われるネアンデルタール人の少年の頭蓋骨を調べたところ、この少年の脳の重さは、成人ネアンデルタール人の87.5%ほどであったという。12歳時点のホモ・サピエンスの脳の重さは、大人の95%ほどになっているとされる。この事から、ネアンデルタール人は成長期がホモ・サピエンスよりも長くなっており、大きな頭蓋骨を持つに至った理由とされる[15]


以上のような相違点はあるものの、遠目には現生人類とあまり変わらない外見をしていたと考えられている。また、思春期に達して第二次性徴が現われるまではネアンデルタール人としての特徴はそれほど発現せず[16]、特に女性の場合には(ネアンデルタール人類に限らず、現生人類を含む全ての進化段階で)形質の特殊化が弱いと考えると、我々現生人類はネアンデルタール人から見て幼児的・女性的に見えたかもしれないとも指摘されている[17]


その他、高緯度地方は日射が不足するため黒い肌ではビタミンDが不足してしまうこと[18]、およびDNAの解析結果より[19][20]、ネアンデルタール人は白い肌で赤い髪だったとの説がある。



文化




ネアンデルタール人の石器


彼らの文化はムステリアン文化と呼ばれ、旧石器時代に属している。また、この項目で記されている内容は、ネアンデルタール人の生息年代や生息地域が広大であることからも分かるように、全ての時代・地域で共通してみられる文化であることを必ずしも意味しない。



人口


これまで数千もの標本が発見されてはいるが欧州大陸での総人口は多くても6千人ほどで、
地球全体でも人口が2万人を超えることはほとんどなかったと思われる。



石器


ネアンデルタール人は、ルヴァロワ式と呼ばれる剥片をとる技術を主に利用して石器を制作していた。フランソワ・ボルドは石器を60種類ぐらいに分類しているが、実際の用途は非常に限られていて、狩猟用と動物解体用に分類できる。左右対称になるよう加工されたハンドアックス(握斧)や、木の棒の先にアスファルトで接着させ穂先とし、狩りに使用したと考えられている石器などが発見されている[21]



住居






洞窟を住居としていたと考えられることが多い[独自研究?]。洞窟からはネアンデルタール人の人骨だけでなく、哺乳類の骨が多く見つかっている。遺跡で見つかる骨が四肢に偏っているのは、狩猟の現場で解体し、大腿部などを選択的に持ち帰ったと考えられる。海岸近くの遺跡では食用にならない程小さな貝が見つかることもあり、これはベッドに用いられた海草についていたのではという説がある。また遺跡からは炉跡が多く見つかっており、火を積極的に利用していたと考えられているが、特定の場所を選択的に炉として利用していなかった。



埋葬






ネアンデルタール人は、生活の場と埋葬の場を分けるということをしていなかったようだが、遺体を屈葬の形で埋葬していた。1951年から1965年にかけて、コロンビア大学教授R・ソレッキーらの研究チームはイラク北部のシャニダール洞窟の調査で、ネアンデルタール人の化石とともに、ノコギリソウや、ヤグルマギクなど数種類の花粉を大量に発見した。量の多さとこれらの花が現代当地において薬草として扱われていることから、ソレッキー教授らは「ネアンデルタール人には死者を悼む心があり、副葬品として花を遺体に添えて埋葬する習慣があった」との説を唱えた。



芸術


芸術や美術については確かな証拠がない。なお、切歯が大きく磨り減っていることから、歯で噛むことで動物の皮をなめして防寒用のコートを作るなど、服飾文化を持っていたとの仮説もある[22]。またフランスの遺跡からはシカやオオカミの歯を利用した、ペンダント状のものが発掘されている(正確な用途は不明)。またショーヴェ洞窟の洞窟壁画を、その年代からネアンデルタール人の作品であるとし、最後期のネアンデルタール人は芸術活動が行われていたと考える研究者も存在する。


近年、6万5000年以上前に描かれたスペインのラパシエルガ洞窟の壁画が発見され、ネアンデルタール人が芸術活動を行っていたという見方が強まっている。現生人類がヨーロッパに到達したのは、約4万5000年前と見られており、この時期のスペインにはまだいなかったとされる。2018年2月22日付けのサイエンスに発表された論文によれば、スペインのラ・パシエガ洞窟の他、マルトラビエソ洞窟、アルダレス洞窟で、同じく6万5000年前にネアンデルタール人が描いたと思われる壁画が見つかった。また、彩色した貝殻を宝飾品として使っていたという。なお、これらの芸術は抽象的な模様のみが見つかっており、動物や人など実際の対象を描く具象芸術については、まだ明確な証拠はない。ただ、動物を描いた壁画のうち、まだ年代が特定されていないものがいくつかあり、それらがネアンデルタール人によって描かれた可能性はあるという[23]



食人行為


この他、調理痕のある化石が発見されたことから、ネアンデルタール人には共食いの風習があったと考えられている[24]。一方、反対意見として、埋葬に当たっての儀礼的な肉剥ぎ(excarnationまたはdefleshing)ではないかとする説もある[25]。2016年12月にエレーヌ・ルジェ率いる国際研究チームはベルギーのゴイエ洞窟で切断された痕跡がある人骨を発見し、洞窟に居住していたネアンデルタール人が骨髄を取り出すために人骨を粉砕するなど食人行為をしていたと結論付けた[26]



火の利用


前期旧石器時代のホモ・エレクトスが火を使っていたかどうかについては異論を唱える学者もいる。しかし、中期旧石器時代のネアンデルタール人が火を使っていたことに関しては異論が少ない[27]


ネアンデルタール人による火の使用の跡はいくつも見つかっている。例えばフランスのドルドーニュ県XVI洞窟からは、乾燥した地衣類を燃料に使った6万年前の炉の跡が見つかっている[27]。また、ブリュニケル洞窟(フランス語版)からは少なくとも4万7600年前の炉の跡が見つかっている[27]


ただ、ネアンデルタール人が実際に火を起こす方法を知っていたのかどうかについては、論争がある。一般的には、ネアンデルタール人は自ら火をおこすことは出来ず、火山や落雷など、自然の原因で生じた火を使用していたという見方が一般的である。しかし、ネアンデルタール人の道具には、削れた燧石が含まれているという調査もあり、この燧石と黄鉄鉱や白鉄鉱を打ち合わせて火花を飛ばし、火を起こせたとする研究結果もある[28]



進化


ネアンデルタール人の最も古い化石は中部更新世から発見されており、シュタインハイム人、サッコパストーレ人、エーリングスドルフ人その他幾つかが知られている。これらは時代的には典型的な後期ネアンデルタール人より早い時代に出現したという意味で「早期ネアンデルタール人」と呼ばれる。時代が古いため、一面では原始的であり、脳容量が小さく、眼窩上隆起が発達するなどの特徴があるが、一方で後に出現したネアンデルタール人よりホモ・サピエンスに共通する特徴が多い。すなわち、頭骨は丸みを帯びて後期のネアンデルタール人より頭高が高く、額のふくらみも発達し、更に上顎骨には犬歯窩が存在する(犬歯窩はホモ・サピエンスになって初めて現れる形質)。


このように、早期ネアンデルタール人には後期ネアンデルタール人よりも進化していたとさえ言える特徴があり、大きな謎とされていた。現在では、ネアンデルタール人は下部洪積世にホモ・サピエンスと分岐したとされているので、かつて早期ネアンデルタール人の進歩的特長と言われた部分はホモ・サピエンスの祖先と分かれて間もない頃の、双方に共通する特徴が残っているものだと考えられている[29]。また、彼らの化石は大部分が女性のものと思われるので、性差により進歩的に見えているとも、犬歯窩と見えるのは土圧による変形に過ぎないとする説もある[30]


1999年にポルトガルで、そして2003年にルーマニアで発見された化石の骨格が新旧人双方の特徴を備えていたことから、新旧人の混血説を主張するグループが現われ、議論を呼んでいる。これに対して、ワシントン大のアラン・テンプルトンらは、従来のミトコンドリア遺伝子などの単一の部分だけを調査して決定づける方式ではなく、10か所の遺伝子を調査したところ、混血しているとの結果を導き出している[31][32]。なお、ミトコンドリアDNAは母系のみで遺伝する[33][34]



絶滅


ネアンデルタール人が絶滅したのは2万数千年前だが、その原因はよくわかっていない。クロマニョン人との暴力的衝突により絶滅したとする説、獲物が競合したことにより段階的に絶滅へ追いやられたとする説、ホモ・サピエンスと混血し急速にホモ・サピエンスに吸収されてしまったとする説など諸説ある。


従来、ネアンデルタール人は約3万年前に滅亡したと考えられていたが、2005年にイベリア半島南端のジブラルタルの沿岸の洞窟から、ネアンデルタール人が使っていた特徴のある石器類や、洞窟内で火を利用していた痕跡が見つかった。この遺跡は、放射性炭素による年代分析で2万8000-2万4000年前のものと推定された[35]。このことから、ネアンデルタール人は、少なくとも地中海沿岸からイベリア半島においては、しばらくの間生き残っていたと考えられる。これにより、「ネアンデルタール人は約3万年前に絶滅した」という説はわずかに修正されることになった。さらに、2014年8月20日、ネイチャー誌にネアンデルタール人の絶滅は4万年前であったとする最新の学説が掲載された。しかも4万5千年前から現在の欧州で現生人類と文化・技術的にも共存・交流しており、混血もしていたという。この説はこれまでの研究よりも絶滅時期がさかのぼるが、精度が高い分析を行ったと著者は強調している[36]


テキサス大学アーリントン校の人類学者ナオミ・クレッグホーンは、コーカサス山脈や現在のイタリアにあたる地域で約4万年前に起きた複数の噴火が、絶滅の要因となったと説明している[37]。環境的要因は以前より指摘されていたが、クレッグホーンによれば、複数の火山の噴火が続いた上に、ヨーロッパでは過去20万年間で最悪とされるフレグレイ平野(現在のナポリの近く)での大噴火 (cf. Campanian volcanic arc) が起きたことから、その多くがヨーロッパにいたネアンデルタール人は食糧不足に見舞われ壊滅的な打撃を受けた[注釈 1]。しかし現生人類の多くは主にアフリカやアジアに住んでいたため、絶滅するほどの影響は免れたのだという[37]



現代人に受け継がれたネアンデルタール遺伝子(最新の研究による)


2010年5月7日のサイエンス誌に、アフリカのネグロイドを除く現生人類の核遺伝子には絶滅したネアンデルタール人類特有の遺伝子が1 - 4 %混入しているとの研究結果が発表された[7]。これは、現生人類直系祖先であるホモ・サピエンスが出アフリカした直後すなわち12 - 5万年前の中東地域で、そこに既に居住していたネアンデルタール人類と接触し混血したこと、一方でアフリカ大陸を離れなかった現生人類はネアンデルタール人類と接触せず混血もしなかったことによる。すなわち、出アフリカ後の中東で混血しその後にヨーロッパやアジアなど世界中に拡がった現生人類は、約3万年前に絶滅してしまったネアンデルタール人の血を数パーセント受け継いでいることが明らかになった[39]


さらに2014年の研究では、ホモ・サピエンスがネアンデルタール人と混血したのは今から6万年くらい前のこととしている[40][41]。ネアンデルタール人からの混入遺伝子は、現生人類の皮膚、爪、髪形成などの繁殖に重要でない遺伝子部分に細分化されて多く残っており、白っぽい皮膚、金髪や赤毛、青い目などいくつかのコーカソイド的な特徴や、インフルエンザウィルス耐性などはネアンデルタール人から受け継いだ可能性が高いとしている[42]


混血の子供は現生人類集団のみが育てたのか、すなわち絶滅してしまったネアンデルタール人に対する現生人類遺伝子の混入もあったのかどうか。これについては、ネアンデルタール人集団が短期間に消滅したためあまり分かっていないが、アルタイ山脈で発見され、2014年に解析されていたネアンデルタール人女性の再分析でそのDNAに現生人類のDNAが混入していたという2016年の発表もある。また、ネアンデルタール人女性が交配して遺伝子が移入した場合はX染色体が比較的多く移入するはずであるが(女性がXXで男性がXYであるため)、そうなっていないためネアンデルタール人の男性と現生人類の女性の混血が多かったと想定されている。もっとも、現代に伝わるだけ大規模な混血であるので、数人規模の混血ではない。 [43]


また、シベリアのアルタイ山脈の遺跡で発見されたデニソワ人はネアンデルタール人の兄弟種にあたり、現生のアジア民族特にポリネシア人やメラネシア人にはデニソワ人遺伝子も混入しているとの研究が、2010年12月に発表されている[44]。ただし、この洞窟ではネアンデルタール人の人骨も発見されているため、別系統の人類とネアンデルタール人の混血の可能性を指摘する声もあることに留意する必要がある。また、2018年8月22日に科学誌「ネイチャー」に発表されたアルタイ地方デニソワ洞窟で見つかった9万年前の少女の骨のDNA分析結果は、この少女の母はネアンデルタール人で父はデニソワ人であるとしている。[45]このようなネアンデルタール人、デニソワ人、現生人類の間の遺伝子交換現象からは、兄弟種間の混血は通常のことであったとも考えられる。



脚注



注釈


[ヘルプ]




  1. ^ 噴出物が空を覆い寒冷化が進む、これを「火山の冬」説という[38]




出典





  1. ^ “Neanderthals Died Out 10,000 Years Earlier Than Thought, With Help From Modern Humans”. National Geographic. (2014年8月20日). http://news.nationalgeographic.com/news/2014/08/140820-neanderthal-dating-bones-archaeology-science/ 2017年9月21日閲覧。 


  2. ^ 『アナザー人類興亡史』, 226頁


  3. ^ Kroeber Anthropological Society: "Neandertals: Unique from humans, or uniquely human?"


  4. ^ NCBI Taxonomy Browser: Homo sapiens neanderthalensis


  5. ^ https://www.ebi.ac.uk/ena/data/view/Taxon:63221


  6. ^ Tattersall I, Schwartz JH (June 1999). “Hominids and hybrids: the place of Neanderthals in human evolution”. 米国科学アカデミー紀要 96 (13): 7117–9. doi:10.1073/pnas.96.13.7117. PMC 33580. PMID 10377375. http://www.pnas.org/cgi/pmidlookup?view=long&pmid=10377375 2009年5月17日閲覧。. 

  7. ^ ab“Special Feature: The Neandertal Genome”. Science (アメリカ科学振興協会). (5 2010). http://www.sciencemag.org/special/neandertal/ 2010年8月12日閲覧。.  アブストラクト和訳 (PDF)


  8. ^ “旧人とは?”. 国立科学博物館. 2014年1月4日閲覧。


  9. ^ コパン 2002, p. 94.


  10. ^ コパン 2002, p. 95.

  11. ^ abcde『われら以外の人類 - 類人猿からネアンデルタール人まで』 [要ページ番号]


  12. ^ 『人類の進化 試練と淘汰の道のり』, 162頁


  13. ^ 【産業技術】ライフサイエンス ネアンデルタール人のゲノム配列解析で驚くべき研究結果(米国) - 将来の研究への新しい扉が開かれた (PDF)”. NEDO海外レポート NO.991. 国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構 (2006年12月13日). 2010年1月5日閲覧。


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参考文献



  • 赤澤威編著 『ネアンデルタール人の正体 : 彼らの「悩み」に迫る』 朝日新聞出版、2005年2月。ISBN 978-4-02-259869-1。

  • アルスアガ, フアン・ルイス 『ネアンデルタール人の首飾り』 藤野邦夫訳、岩城正夫監修、新評論、2008年11月。ISBN 978-4-7948-0774-8。

  • 内村直之 『われら以外の人類 - 類人猿からネアンデルタール人まで』 朝日新聞出版〈朝日選書 783〉、2005年9月。ISBN 978-4-02-259883-7。

  • 金子隆一 『アナザー人類興亡史 -人間になれずに消滅した“傍系人類”の系譜』 技術評論社、2011年。ISBN 978-4-7741-4640-9。

  • ストリンガー, クリストファー、ギャンブル, クライヴ 『ネアンデルタール人とは誰か』 河合信和訳、朝日新聞出版〈朝日選書 576〉、1997年4月。ISBN 978-4-02-259676-5。

  • 埴原和郎 『人類の進化 試練と淘汰の道のり - 未来へつなぐ五〇〇万年の歴史』 講談社、2000年10月。ISBN 978-4-06-210458-6。

  • ラジリー, リチャード 『石器時代文明の驚異 - 人類史の謎を解く』 安原和見訳、河出書房新社、1999年9月(原著1998年)。ISBN 978-4-309-22352-0。







  • タッターソル, イアン 『最後のネアンデルタール』 高山博訳、日経サイエンス〈別冊日経サイエンス 127〉、1999年6月。ISBN 978-4-532-51127-2。

  • イヴ・コパン、馬場悠男,奈良貴史 『ルーシーの膝 : 人類進化のシナリオ』 紀伊國国屋書店、2002年。ISBN 4314009101。



関連書籍



  • ヴァール, フランス・ドゥ、藤井留美訳 『あなたのなかのサル - 霊長類学者が明かす「人間らしさ」の起源』 早川書房 2005年12月。ISBN 978-4-15-208694-5。


関連項目















  • 化石人類

  • 猿人

  • 原人

  • 新人

  • 人類の進化

  • 古人類学

  • デニソワ人



外部リンク


  • 生命工学工業技術研究所「ネアンデルタール人頭骨の成長復元」 - 東京大学創立百二十周年記念東京大学展「学問の過去・現在・未来 第二部 精神のエクスペディシオン









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