宮原町 (さいたま市)
| ■宮原町 | |
|---|---|
| — 町丁 — | |
宮原駅 | |
■宮原町 宮原町の位置 | |
| 座標: 北緯35度56分20.8秒 東経139度36分39.8秒 / 北緯35.939111度 東経139.611056度 / 35.939111; 139.611056 | |
| 国 | |
| 都道府県 | |
| 市町村 | |
| 区 | 北区 |
| 地域 | 大宮地区 |
人口 (2017年(平成29年)9月1日現在)[1] | |
| - 計 | 30,376人 |
| 等時帯 | 日本標準時 (UTC+9) |
| 郵便番号 | 331-0812[2] |
| 市外局番 | 048[3] |
| ナンバープレート | 大宮 |
| ※座標は宮原町二丁目自治会館の位置 | |
宮原町(みやはらちょう)は、埼玉県さいたま市北区の町名。現行行政地名は、宮原町一丁目から宮原町四丁目。郵便番号は331-0812[2]。本項では宮原町の前身である大字加茂宮(かものみや[4])についても述べる。
目次
1 地理
1.1 隣接する大字・町
1.2 地価
2 歴史
3 世帯数と人口
4 小・中学校の学区
5 施設
6 交通
6.1 鉄道
6.2 道路
7 宮原町出身の人物
8 脚注
9 参考文献
地理
埼玉県さいたま市北区の大宮台地浦和大宮支台上に位置する。町域の西端を逆川が北方向に流れる。北部は宮原駅を中心に区画整理された住宅地となっている。高崎線周辺にはまだ畑地が残り、郊外の住宅地として、のどかな印象を売りにした住宅が建てられている。
南部はプラザノースやステラタウンなどの施設が集中する。町名は旧村名から名前が採られた[4]。
隣接する大字・町
- 吉野町
- 土手町
- 本郷町
- 土呂町
- 東大成町
- 植竹町
- 大成町
- 日進町
- 奈良町
- 別所町
地価
住宅地の地価は2015年(平成27年)1月1日の公示地価によれば、宮原町四丁目16番2外の地点で190,000円/m2となっている。[5]
歴史
もとは江戸期より存在した足立郡吉野領に属する加茂宮村、古くは1582年(天正10年)頃より見出せる加茂宮であった[4]。加茂宮は鴨宮とも称された。地名は加茂社(吉祥院持)が当地に建立されていたことに因む[4]。
- はじめは幕府領、[4]、1633年(寛永10年)より知行は旗本水野、松下氏による相給となる。村域は松下知行分は上加茂村、水野氏知行分は下加茂村と私称されていた[4]。
1704年(宝永元年)より旗本水野氏知行の領地は幕府領に戻る[4]。
1828年(文政11年)より上尾宿寄場64か村組合に所属[4]。
1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
1874年(明治7年) - 江戸期より存在した鍛冶村を合併する[4][6]。現在の宮原町四丁目に相当。
1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
1889年(明治22年) - 町村制施行に伴い、北足立郡加茂宮村は、北足立郡吉野原村、奈良瀬戸村、大谷別所村と合併し宮原村となる[4]。加茂宮村の宮と吉野原村の原から名前が採られた。加茂宮村は宮原村の大字加茂宮となる。
1908年(明治41年)5月1日 - 大字加茂宮に加茂宮信号所が開設される。
1940年(昭和15年)11月3日 - 宮原村が北足立郡大宮町、大砂土村、三橋村、日進村と合併し市制を施行して大宮市となる[7]。大宮市の大字となる。
1947年(昭和22年)1月22日 - 加茂宮信号場が廃止される。
1948年(昭和23年)7月15日 - 旧加茂宮信号場の跡地に、宮原駅が開業する。
1961年(昭和36年) - 大字加茂宮と大字西本郷の各一部から宮原町一丁目、大字加茂宮の一部から宮原町三丁目が成立[4][8]。
1968年(昭和43年) - 大字加茂宮の一部から、宮原町二丁目が成立[4]。
1972年(昭和47年)11月1日 - 区画整理事業により大字加茂宮の大半から、宮原町四丁目が成立[9][10]。
1973年(昭和48年) - 大字加茂宮の残部の区域が宮原町四丁目に編入される[4]。これにより大字加茂宮は消滅。
1983年(昭和58年)12月22日 - 、埼玉新都市交通伊奈線(ニューシャトル)の大宮 - 羽貫間が開業され、町域内に加茂宮駅と東宮原駅が開設される。
2001年(平成13年)5月1日 - 浦和市、大宮市、与野市の合併により、さいたま市の町名となる。
2003年(平成15年)4月1日 - 政令指定都市に移行し、さいたま市北区の町名となる。
2006年(平成18年)9月16日 - 富士重工業大宮製作所跡地の宮原土地区画整理事業が一部完成し、住居表示変更。宮原町一丁目の一部(北区役所南側の通りより以南)が植竹町1丁目に編入[11]。
世帯数と人口
2017年(平成29年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
| 丁目 | 世帯数 | 人口 |
|---|---|---|
| 宮原町一丁目 | 4,327世帯 | 10,668人 |
| 宮原町二丁目 | 2,881世帯 | 6,085人 |
| 宮原町三丁目 | 3,095世帯 | 7,356人 |
| 宮原町四丁目 | 2,889世帯 | 6,267人 |
| 計 | 13,192世帯 | 30,376人 |
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[12]。
| 丁目 | 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|---|
| 宮原町一丁目 | 1〜850番地 | さいたま市立大砂土小学校 | さいたま市立植竹中学校 |
| その他 | さいたま市立植竹小学校 | ||
| 宮原町二丁目 | 60〜77番地 114〜122番地 | さいたま市立大砂土小学校 | さいたま市立宮原中学校 |
| 98〜113番地 123〜135番地 | さいたま市立泰平小学校 | ||
| その他 | さいたま市立宮原小学校 | ||
| 宮原町三丁目 | 全域 | さいたま市立つばさ小学校 | |
| 宮原町四丁目 | 全域 | さいたま市立宮原小学校 |
施設
北区役所
宮原駅前や中山道沿線を中心に商業施設が多数見られる。宮原町一丁目にはかつて富士重工業大宮製作所があった。なお、宮原コミュニティセンター内にあるさいたま市立宮原図書館は吉野町に所在する。
- 北区役所(プラザノース)
- さいたま市立北図書館
- 大宮宮原郵便局
- 大宮加茂宮郵便局
- 大宮年金事務所
さいたま市消防局北消防署
大宮警察署宮原駅前交番- さいたま市立宮原中学校
- さいたま市立宮原小学校
- さいたま市立つばさ小学校
- 宮原幼稚園
- 大宮白百合幼稚園
- さいたま市立宮原保育園
- にじの星保育園
- ステラタウン
しまむら本社
マミーマート本社
カルソニックカンセイ本社
埼玉りそな銀行宮原支店
武蔵野銀行宮原支店
埼玉縣信用金庫宮原東支店- 宮原町二丁目自治会館
- 天神自治会館
- 宗像神社
- 加茂神社
- 吉祥院 - 市指定文化財のクロマツがある[10]。宮原小学校の前身である加茂学校が開校した。
- 金剛寺
- 公園
- 宮原公園
- 宮原南公園
- 加茂宮公園
- 宮原1丁目公園
- 宮原3丁目公園
- 宮原4丁目公園
- 宮原駅東公園
- しましま公園 - ステラタウン内南側に所在
- 東宮原ぼうさい広場
- 中島公園
- 中島東公園
- 領家中央公園
- 領家南公園
- 領家北公園
- 鍛冶公園
- 中道公園
- 原殿公園
- 中道自治会館集会所
- 松原公園(一部)
交通
鉄道
JR東日本高崎線
- 宮原駅
埼玉新都市交通ニューシャトル
- 加茂宮駅
- 東宮原駅
道路
国道16号(新大宮バイパス)
国道17号(中山道)(大宮バイパス・新大宮バイパス)
埼玉県道164号鴻巣桶川さいたま線(旧中山道)- 埼玉県道132号宮原停車場線
宮原町出身の人物
川鍋秋蔵(日本交通創業者、旧大宮市議会議員)
脚注
- ^ ab“さいたま市の人口・世帯(時系列結果)”. さいたま市 (2017年9月5日). 2017年9月20日閲覧。
- ^ ab“郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ abcdefghijklm『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』282頁。
^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』225-226頁。
^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』1420頁。
^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』660頁。
^ 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』837頁。
- ^ ab『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』963頁。
^ 宮原土地区画整理事業 旧新地番対照表 - さいたま市(2017年12月21日). 2018年12月3日閲覧。
^ “さいたま市立小・中学校通学区域一覧”. さいたま市 (2017年8月23日). 2017年9月20日閲覧。
参考文献
- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』 角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。
奈良町・別所町 | 吉野町 | 土手町 | ||
日進町 | 本郷町 | |||
大成町 | 東大成町・植竹町 | 土呂町 |
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