ヒンドゥー教









































ヒンドゥー教(ヒンドゥーきょう、英: Hinduism、ヒンディー語: हिन्दू धर्म、サンスクリット語: सनातनधर्मः)、慣用表記でヒンズー教、ヒンヅー教、ヒンド教、ヒンドゥ教は、インドやネパールで多数派を占める民族宗教、またはインド的伝統を指す。西欧で作られた用語である[1]


英語のHinduは、まずイスラム教徒との対比において用いられるのが現在では一般的で、イスラム教徒以外で小宗派[2]を除いた、インドで5億人を超えるような多数派であるインド的な複数の有神教宗派の教徒の総称である[1]。ヒンドゥー教徒の数はインド国内で8.3億人、その他の国の信者を合わせると約9億人とされ、キリスト教、イスラム教に続いて、人口の上で世界で第3番目の宗教である[3][4]


同じくヒンドゥー教と訳される英語のHinduismは、最も広い意味・用法ではインドにあり、また、かつてあったもの一切が含まれていて、インドの歴史では先史文明のインダス文明まで遡るものであるが[1]、一般的には、アーリア民族のインド定住以後、現代まで連続するインド的伝統を指す[1]。西洋では、このうち仏教以前に存在した宗教をバラモン教(Brahmanism)、特にヴェーダ時代の宗教思想をヴェーダの宗教(Vedic Religion)と呼んだ[1]これらは日本の漢訳仏典の婆羅門教(ばらもんきょう)に当たる[疑問点][1]


ヒンドゥー教の狭い意味での用法は、仏教興隆以後発達して有力になったもので、とくに中世・近世以後の大衆宗教運動としてのシヴァ教徒・ヴィシュヌ教徒などの有神的民衆宗教を意識しての呼び方であることが多い[1]




目次






  • 1 語源と名称


  • 2 ヒンドゥー教の特徴


    • 2.1 ヒンドゥー教の範囲


    • 2.2 主要な神々


    • 2.3 四住期


    • 2.4 業と輪廻


    • 2.5 河川崇拝


    • 2.6 菜食主義


    • 2.7 聖牛崇拝


    • 2.8 ヨーガ


    • 2.9 グル信仰




  • 3 歴史


    • 3.1 インダス文明時代


    • 3.2 ヴェーダ


    • 3.3 バラモン教からヒンドゥー教へ


    • 3.4 不二一元論とバクティ


    • 3.5 その後のヒンドゥー教


    • 3.6 現代のヒンドゥー教




  • 4 教典


  • 5 カースト


    • 5.1 身分(ヴァルナ)と職業(ジャーティ)


    • 5.2 改宗




  • 6 聖地


  • 7 遺跡


  • 8 祭礼


  • 9 脚注


  • 10 出典


  • 11 参考文献


  • 12 関連項目


  • 13 外部リンク





語源と名称


「ヒンドゥー」 Hindu の語源は、サンスクリットでインダス川を意味する sindhu に対応するペルシア語。「(ペルシアから見て)インダス川対岸に住む人々」の意味で用いられ[5]、西欧に伝わり、インドに逆輸入され定着した[1]。(同じ語がギリシアを経由して西欧に伝わって India となり、こちらもインドに逆輸入されて定着した[1]。漢訳では玄奘による「印度」が定着している[1]。)インド植民地時代に大英帝国側がインド土着の民族宗教を包括的に示す名称として採用したことから、この呼称が広まった。


日本では慣用表記ではヒンズー教、ヒンド教、一般的にはヒンドゥー教と呼ばれるが、時にインド教と呼ばれることもある[6]。中国、韓国でも「印度教」と呼ばれるが[7]、現在のインドは世俗国家であり国教はなく、インドでこのように呼ばれたことはない。



ヒンドゥー教の特徴




シヴァ神、首にコブラを巻き結跏趺坐する姿が特徴的




ヴィシュヌ神の石像




ブラフマー神(中央)と神妃サラスヴァティー(右)1793年




ガネーシャ




ハヌマーン




インドラ


狭い意味でのヒンドゥー教は、バラモン教から聖典やカースト制度を引き継ぎ、土着の神々や崇拝様式を吸収しながら徐々に形成されてきた多神教である。紀元前2000年頃にアーリア人がイランからインド北西部に侵入した。彼らは前1500年頃ヴェーダを成立させ、これに基づくバラモン教を信仰した。


紀元前5世紀ごろに政治的な変化や仏教の隆盛がありバラモン教は変貌を迫られた。その結果、バラモン教は民間の宗教を受け入れ同化してヒンドゥー教へと変化して行く。(バラモン教もヒンドゥー教に含む考えもある。)ヒンドゥー教は紀元前5 - 4世紀に顕在化し始め、紀元後4 - 5世紀に当時優勢であった仏教を凌ぐようになった[8]。その後インドの民族宗教として民衆に信仰され続けてきた。


神々への信仰と同時に輪廻や解脱といった独特な概念を有し、四住期に代表される生活様式、身分(ヴァルナ)・職業(ジャーティ)までを含んだカースト制等を特徴とする宗教である。


三神一体(トリムルティ)とよばれる近世の教義では、中心となる3大神、すなわち




  • ブラフマー:宇宙、世界に実存、実在の場を与える神


  • ヴィシュヌ:宇宙、世界の維持、平安を司る神


  • シヴァ:宇宙、世界を創造し、その寿命が尽きた時に破壊、破滅を司る神


は一体をなすとされている。
しかし現在では、ブラフマー神を信仰する人は減り、ヴィシュヌ神とシヴァ神が二大神として並び称され、多くの信者がいる。ヴィシュヌ神を信仰する派をヴィシュヌ教、またシヴァ神を信仰する派をシヴァ教と呼ぶ[9]


ヒンドゥー教の神や祭祀は一部形を変えながらも、日本の仏教に影響を与えている。以下にヒンドゥー教の特徴を解説する。



ヒンドゥー教の範囲


インド国内の広義の定義においては、「ヒンドゥー教」にはキリスト教やイスラム教などインド以外の地域で発祥した特定宗教以外のすべての宗教が相当する。一例として、インドにおいて仏教はヒンドゥー教の一派とされる。インド憲法25条では、(ヒンドゥー教から分派したと考えられる)シク教、ジャイナ教、仏教を信仰する人も広義のヒンドゥーとして扱われている[10]


ヒンドゥー教には極めて様々な信仰、霊性や風習が包括され、かつ体系化されている。一方でキリスト教に見られるような教会制度や宗教的権威は存在せず、また預言者も居なければ纏まった形の共通の聖書も存在しない。よってヒンドゥー教徒は多神教、汎神論、一神教、不可知論、無神論、ヒューマニズムを自身の思想として自由に選ぶことができる[11][12][13]。ヒンドゥー教の包含する信仰、思想、真理は広範で、そのため「ヒンドゥー教」に包括的な定義を与えることは困難である[14][15]。これまでにも、1つの宗教である、1つの風習である、信仰の集合である、生活様式である、と言った具合に様々に定義されてきた[16][注 1]。西洋の言葉上の観点からはヒンドゥー教は、例えばキリスト教等と同様に1つの宗教であるとされているが、インドでは「ダルマ」(dharma)という語が好まれる。この語はいわゆる「宗教」よりも意味が広い。特にヒンドゥー教の伝統主義者はサナータナ・ダルマ(Sanatana Dharma、永遠の、あるいは古代のダルマの意)という語を好む[17]


インド、インドの文化、インドの宗教に関する研究、そしてヒンドゥー教の定義は、植民地主義の利益を目的とし、西洋の持つ「宗教」という概念の枠組みから行われてきた[18]。1990年以降はこれら西洋のもたらした影響や、それによって生じた変化などがヒンドゥー教の研究者の間でも議題に挙がるようになり[19][注 2]、それは西洋的視点に対する批判へと引き継がれている[20]



主要な神々


3大神はそれぞれ神妃をもち、夫婦共に多様な化身を有する。



ヴィシュヌ神

世界維持の神、慈愛の神、毘盧遮那、盧遮那。鳥神ガルーダに乗る。10大化身と呼ばれる多数の分身を有するが、それぞれの分身にはヴィシュヌ神としての自我は無く、それぞれの自我を持つ。例えば釈迦は釈迦であって釈迦ではなく、ヴィシュヌ神である。10大権現という概念の方が理解しやすい。

ラーマ

ヴィシュヌ神の化身。叙事詩『ラーマーヤナ』で大活躍する。

クリシュナ

ヴィシュヌ神の化身。叙事詩『マハーバーラタ』の英雄、民間に人気のある神。

釈迦

仏教の開祖である釈迦牟尼はヒンドゥー教ではヴィシュヌ神の9番目の化身とされている。

ラクシュミー

ヴィシュヌ神の神妃、富と幸運の女神。北伝仏教では吉祥天。

カーマ

ヴィシュヌ神の娘、恋愛、性愛、和合を司る神。




シヴァ神

創造と破壊の神、乗り物は牡牛のナンディン、トラの皮をまとい首にコブラを巻く。しばしば結跏趺坐し瞑想する姿で描かれる。北伝仏教では大自在天(降三世明王に降伏され仏教に改宗したとされる)。

マハーカーラ

シヴァ神の化身。チベット仏教など仏教においても信仰される。北伝仏教では大黒天。

パールヴァティー

シヴァ神の神妃、ヒマラヤ神の娘、穏やかで心優しい

ドゥルガー

パールヴァティーの化身の一つで美しい戦いの女神、虎に騎乗して水牛に化けた悪魔を倒す美しい神像が有名。

カーリー

パールヴァティーの化身の一つで荒々し殺戮の神。しばしば多くの生首を首、腰に巻き付け殺戮に狂う荒神の像で現される。コルカタ(カルカッタ)の地名はカーリーから来ている。






ブラフマー神

形而上および現実に存在する全てに対して実存する為の縁起を与える神。神であれ、人であれ、実存しているのならばブラフマーの働きに依存している。神学的哲学の根元。擬人化され水鳥ハンサに乗った老人の姿で表される。北伝仏教では梵天。新義真言宗では大日如来。釈迦もしばしば言及したとされる。

サラスヴァティー

ブラフマー神の神妃、北伝仏教では弁才天。




3大神は、信者個人の信仰においては並立しているわけではない。たとえば「シヴァ神」を最高神と崇める人にとって、「ヴィシュヌ神」は劣位ではあるが敬うべき神である。また神話の中で3大神の化身と共に活躍する神や、3大神の子神も信仰されている。



ガネーシャ

シヴァ神の子供で象の頭を持つ神、鼠に乗る。富と繁栄、智恵と学問を司る。北伝仏教では歓喜天(聖天)。

ハヌマーン

外見が猿の神、叙事詩『ラーマーヤナ』でラーマ王子を助けて活躍する。身体の大きさを自由に変えられる。孫悟空の元になったと考えられる。

インドラ

雷神、天空神。『リグ・ヴェーダ』の中心的な神で、古くバラモン教の時代には盛んに信仰された。北伝仏教では帝釈天。


インドの国立博物館にヒンドゥー教の神々の多様な神像が収蔵・展示されている。



四住期


四住期(アーシュラマ)とはヒンドゥー教独特の概念で、最終目標の解脱に向かって人生を4つの住期に分け、それぞれの段階ごとに異なる目標と義務を設定したもの。なお四住期は、上位ヴァルナのバラモン、クシャトリア、ヴァイシャにのみ適用され、シュードラ及び女性には適用されない[21]。四住期について概略を示す。




  • 受胎から入門式(8 - 12歳)までは四住期に入らず、この間は一人前の人間とは見なされない。

  • 学生期 - 本来の意味は、特定の師匠(グル)に弟子入りして聖典ヴェーダを学習する時期であったが、クシャトリアは武人としての技能の鍛錬や行政統治の実務の勉強も行い、ヴァイシャも世襲の職業に関する勉強も行った。現在では就学期間に相当。

  • 家住期 - 学生期を終えると家業に務め結婚して家族を養う家住期に入る。男子をもうけて先祖の祭祀を絶やさないことが重要視される。このためインドでは中国のような一人っ子政策は受け入れられにくい。『カーマ・スートラ』は家住期を充実させるための経典である[22]。家住期において家長は家業を繁栄させて大いに儲け、その金を喜捨することも重要と考えられている。

  • 林住期 - 家住期を終えると解脱に向けた人生段階に入る。孫の誕生を見届けた家長は家を離れて荒野や林に住み、質素で禁欲的な生活を営む。

  • 遊行期 - 林住期を終えると住まいを捨てて遍歴行者となって放浪し、解脱を目指す。


過去においても現在でも、全てのヒンドゥー教徒が四住期を全うするわけではない。ちなみに仏教の開祖釈迦も当時のバラモン教の教えに従い、四住期に則った人生を送っている。即ち男子をもうけた後、29歳で釈迦族の王族の地位を捨て林間で修行をし、その後悟りを開いて布教の旅に出ている。



業と輪廻




業(カルマ)


業はサンスクリットで 本来は行為の意味。因果思想と結合し、業はその善悪に応じて果報を与え、死によっても失われず、輪廻転生に伴って、代々伝えられると考えられた。「ウパニシャッド」にもその思想は現れ、輪廻思想・業感縁起の基礎となる。宿業思想に発展し、一種の運命論となった。中国、日本の思想にも影響を与えている。

業はインドにおいて、古い時代から重要視された。ヴェーダ時代からウパニシャッド時代にかけて輪廻思想と結びついて展開し、紀元前10世紀から4世紀位までの間にしだいに固定化してきた。

輪廻(サンサーラ)

ヒンドゥー教では、輪廻を教義の根幹とし、信心と業(カルマ、karman)によって次の輪廻(来世)の宿命が定まるとする。具体的には、カースト(ヴァルナ)の位階が定まるなどである。生き物は、行為を超越する段階に達しないかぎり、永遠に生まれ変わり、来世は前世の業(行為)によって決定される。これが、因果応報の法則(善因楽果・悪因苦果・自業自得)であり、輪廻の思想と結びついて高度に理論化されて一部のインド人の死生観・世界観を形成してきた。



河川崇拝





ワニに乗る女神ガンガー


ヒンドゥー教では河川崇拝が顕著であり、水を使った沐浴の儀式が重要視されている。特にガンジス川(ガンガー)は川の水そのものがシヴァ神の身体を伝って流れ出て来た聖水とされ、川自体も女神ガンガーであるため「母なる川ガンジス」として河川崇拝の中心となっている。ガンジス川添いには沐浴場(ガート)が設けられた聖地が点在する。ヒンドゥー教徒は、沐浴場に設けられた石の階段を下りて川の水に頭までつかって罪を清め、あるいは水を飲む。



菜食主義



ヒンドゥー教は不殺生を旨とし、そのため肉食を忌避するので菜食主義の人が多い。しかし、身分やしきたりによってその度合いが異なる。一般的な菜食は植物に加えて鶏卵も可とする人と、鶏卵を不可とする人がいる。また上位カースト階級には、収穫の際に地中の生物を殺す惧れのあるタマネギなどの根菜類を不可とする人もいる[23]。いずれの場合も牛乳および乳製品は良く食べられる。ところが宗派によっては祭りに際し犠牲獣を供することがある。その際、宗教儀式にしたがって神に捧げられたヤギなどの犠牲獣の肉を「お下がり」として食べる場合もある。しかし、どのような場合においても牛、特に瘤牛は神話にも出てくる聖獣で絶対に食べない。一方、同じ牛でもスイギュウは次々と姿を変える悪魔マヒシャの化身の一つであることから、コブ牛との扱いには差があり、家畜として使役され、その肉は輸出品にされている。



聖牛崇拝




牛の各部分が特定の神格を具体化しているというヒンズー教の教えを示した図、ラヴィ・ヴァルマ作「84柱の神格を持つ牛」。牛の保護を訴えるパンフレットの一部より


ヒンドゥー社会において牛は崇拝の対象となっている。神話にもたびたび牛が登場し、たとえばシヴァ神の乗り物はナンディンという牡牛である。実社会でも牡牛は移動・運搬・農耕に用いられ、牝牛は乳を供し、乾燥させた牛糞は貴重な燃料(牛糞ケーキ)となる。ただし聖別されているのは主として瘤牛であり、水牛は崇拝の対象とはならない[24]


ヒンドゥー神学では、牛の神聖性は輪廻転生と結びついている。ヒンドゥー教の輪廻転生の考え方は上下87段の階梯構造となっているが、最上段の人間に転生する1つ前の段階が牛であり、牛を殺した者は輪廻の階梯の最下段からやり直さなくてはならなくなると言われる[25]。また、ヒンドゥー神学者は牛には3億3千万の神々が宿るとし、牛に仕え、牛に祈ることはその後21世代に渡ってニルヴァーナをもたらすという。


リグ・ヴェーダの時代には牛は富裕な階層が蓄える富のひとつであり、祭礼や戦勝祝いなどの饗宴の際には、ブラフマン祭司の監督下のもとに行われる儀礼的な屠殺の後に振る舞われた[25]。時代が下り、人口が増え戦乱の時代が続くようになると、牛は気前よく振る舞うにはコストが掛かり過ぎる貴重品となり、食材としては高位カーストの独占物となった。


紀元前5世紀ごろ、ジャイナ教と仏教が勢力を伸ばし始める。これらの宗教は不殺生を標榜し、動物供犠や屠殺を非難して低位カーストの支持を集めた。その後9世紀にわたってヒンドゥー教と不殺生宗教の抗争は続いたが、インドにおいてはヒンドゥー教が勝利した。抗争の過程でヒンドゥー教側も牛の保護者を標榜するように変質し、非殺生の教義を取り入れていた[25]


民衆の牛への崇拝はインド大反乱のきっかけとなったとも言われ、マハトマ・ガンディーが牛への帰依心を言及したことも、彼が民衆から聖人のような名声を得る理由のひとつとなっている。



ヨーガ




ヨーガ


ヒンドゥー教の修行としてヨーガが挙げられる。ヨーガは『心身の鍛錬によって肉体を制御し、精神を統一して人生究極の目的である「解脱」に至ろうとする伝統的宗教的行法のひとつである』[26]。ヨーガはヒンドゥー教の専有物ではなく、インドの諸宗教で実践されており、仏教に取り入れられたヨーガの行法は中国・日本の禅などの修行法にもつながっている。


ヴェーダの権威を受け入れ、ブラーフマナ(バラモン、司祭)階級の社会的階層の優位を容認する諸学派は「正統バラモン教」と認められ、その6系統のうちヨーガ学派は、心身を鍛錬しヨーガの修行で精神統一を図ることで、解脱に達することを説いた[1]。正統バラモン教の各学派も、その学派の教学を学ぶことと並行して、ヨーガの修行を行っている[1]。ヨーガ学派に代表される古典ヨーガの沈思瞑想による修行法は、4-5世紀頃に編纂されたといわれるヨーガ学派の教典である『ヨーガ・スートラ』にも書かれている。また身体を鍛錬するヨーガは、13世紀に始まる「ハタ・ヨーガ」と呼ばれる流派がある。「現代ヨーガの父」と呼ばれるティルマライ・クリシュナマチャーリヤ(英語版)(1888年 - 1989年)によって、体操などの西洋身体文化をもとに作られたヨーガも、伝統的なハタ・ヨーガに倣って「ハタ・ヨーガ」と呼ばれるが、古典ヨーガとも元来のハタ・ヨーガとも関係は薄いという[27][28]。現在日本で行われている「ヨーガ教室」等の多くはこの流派に入る。



グル信仰


ヒンドゥー教で重要な位置を占めているのが、グル(サンスクリット語で、重いもの、闇から光へ導くもの、木星、導師という意味)である。グルはヨーガの修行を成就するにあたって、必要不可欠なものとされ、尊敬と崇拝を集めている。インドで宗教スピリチュアリズムや高度な戒律が発達したのは、グルを崇拝しているから、重いかどうかを本物かそうでないかの判断基準にしているからだと考えられる。



歴史


ヒンドゥー教はキリスト教やイスラム教のような、特定の開祖によって開かれたものではなく、インダス文明の時代からインド及びその周辺に居住する住民の信仰が受け継がれ時代に従って変化したものと考えられている。したがってヒンドゥー教がいつ始まったかについては見解が分かれている[29]




インダス文明時代


インダス文明(紀元前2,300年 - 1,800年)のハラッパーから出土した印章には、現代のシヴァ神崇拝につながる結跏趺坐した行者の絵や、シヴァ神に豊穣を願うリンガ崇拝につながる直立した男性性器を示す絵が見られる[30]。しかしインダス文明の文字は解読できていないので、後代との明確な関係は不明である。



ヴェーダ





リグ・ヴェーダ


ヴェーダは「知る」という意味のサンスクリット語に由来し、宗教的知識を意味する[1]。さらには、その知識を集成した聖典類の総称となっている[1]。最も古い『リグ・ヴェーダ』は紀元前1,200年から1,000年頃にインド北西部のパンジャブ地方でアーリヤ人によって成立したと考えられている。ヴェーダの内容は下記のように分類されるが、狭義にはサンヒターのみを指す。



  • サンヒター(本集)

    • 『リグ・ヴェーダ』(賛歌)

    • 『サーマ・ヴェーダ』(歌詠)

    • 『ヤジュル・ヴェーダ』(祭詞)

    • 『アタルヴァ・ヴェーダ』(呪詞)




  • ブラーフマナ(祭儀書)


  • アーラニヤカ(森林書)

  • ウパニシャッド(奥義書)


ヴェーダには登場する神々の多くは、自然界の構成要素や諸現象、その背後にあると思われた神秘的な力を神格化したものである[1]。多数の神が登場するが、その中で重要なのは雷神インドラ(日本では帝釈天)、アグニ(火の神)、ヴァルナであった。現在では前述のヴィシュヌ神等に押されて影が薄い。


『リグ・ヴェーダ』に登場する神々は、各々が独立した個性を有しているわけではなく、属性や事績を共有することが多い。また狭義のヒンドゥー教で見られる人格神的な形態を取らず、神像や恒久的な寺院建造物の存在も確たる証拠は見つかっていない。バラモン教の祭祀は具体的な目的に対して行われ、バラモンが規定に則って空き地を清め、そこに目的に応じた特定の神を招き、供物や犠牲を祭壇の火炉に捧げる「供犠」が主体であった[31]


現在のヒンドゥー哲学の基本となる「因果応報」「霊魂不滅」「輪廻転生」などの諸観念の淵源は、ウパニシャッドが完成した頃まで遡ることができる[32]。ウパニシャッドは紀元前800 - 500年頃にガンジス川流域で作られたインド古代哲学の総称である[33]。なおヴェーダに登場するヴィシュヴァカルマン神(造物や工巧の神)は、現在でも物造りの神様として、インドの各工場で祀られている。現在この神の祭りは毎年9月17日に行われている。



バラモン教からヒンドゥー教へ


バラモン教は、インドを支配するアーリア人の祭司階級バラモンによる祭儀を重要視する宗教を指す。紀元前5世紀頃に、バラモン教の祭儀重視に批判的な仏教とジャイナ教が成立した。


更にインド北西部は紀元前520年ころにはアケメネス朝ペルシア、前326年にはアレクサンダー大王に支配された。その後仏教はアショーカ王(在位紀元前268年頃 - 紀元前232年頃)の帰依などにより一時期バラモン教を凌ぐ隆盛を示した。この時期にヴェーダを基本とする宗教であるバラモン教は「支配者の宗教」からの変貌を迫られ、インド各地の先住民族の土着宗教を吸収・同化して形を変えながら民衆宗教へ変化していった。このため広義のヒンドゥー教にはバラモン教が含まれる。


ヒンドゥー教にはバラモン教の全てが含まれているが、ヒンドゥー教の成立に伴って、バラモン教では重要であったものがそうでなくなったり、その逆が起きたりなど大きく変化している。


紀元後4世紀頃、グプタ朝がガンジス川流域を支配した。グプタ朝はチャンドラグプタ2世(在位紀元385年 - 413年)に最盛期を迎えるが、このころに今もヒンドゥー教徒に愛されている叙事詩『マハーバーラタ』と『ラーマーヤナ』がまとめられるなど、ヒンドゥー教の隆盛が始まった。


バラモン教は上記のように具体的な目的に対して神に「供犠」を捧げる、いわば「ギヴ・アンド・テイク」の宗教であったのに対し、ヒンドゥー教ではヴィシュヌ神のような至高の神への絶対的帰依(「バクティ」と呼ぶ)に基づく信仰態度が多くの大衆に受け入れられ始めた。この時期に六派哲学と呼ばれるインドの古典哲学が確立し、互いに論争を繰り広げた[34]。インドでは、宗教と哲学は区別する考えはなかった[1]




  • ヴァイシェーシカ学派 - 多数の実在を認め、物質を無数の原子からなるものと規定した。


  • ニヤーヤ学派 - 実在を認めつつ、主宰神「シヴァ神」の証明を試みた。


  • サーンキヤ学派 - 世界は精神と物質から成るとした「二元論」を展開した。純粋精神が物質から離れた時に「解脱」が達成されるとし、最高神の存在を認めない。

  • ヨーガ学派 - 教説のかなりの部分をサーンキヤ学派と共有するが、最高神の存在を信じる。「解脱」の手段としてのヨーガの行法を発達させた。


  • ミーマーンサー学派 - ヴェーダの「供犠」を受け継ぎ、正しい祭祀が(神を通さず)直接果報をもたらすものとした。


  • ヴェーダーンタ学派 - 根本聖典『ブラフマ・スートラ』に則り梵我一如を追求した。この学派がその後のヒンドゥー教の正統派の地位を継続している。



不二一元論とバクティ



ヴェーダーンタ学派の思想の中で最も有名なものに不二一元論がある。これは、精神的実在であるブラフマン(梵)またはアートマン(我)以外に実在する物は無い、言い換えれば「今目の前にある世界は幻影に過ぎない」という思想。この思想を突き詰めてゆくと、シャンカラ(700年 - 750年頃)の説くように「ブラフマンは人格や属性を持たないもの」となり、無神論的一元論に達する。この教義は現在でもヒンドゥー教の正統派としてインドの5箇所の僧院で代々「シャンカラ師」の名を継承する学匠によって不二一元論の法灯が維持され続けている。
シャンカラ後の不二一元論は、11世紀の神学者ラーマーヌジャによる被制限者不二一元論、13世紀の神学者マドヴァ(英語版)の二元論へと発展していった[35]


5世紀〜10世紀の南インドでは「至高の神への絶対的帰依」、「自己犠牲をいとわない神への奉仕」を信仰の柱とするバクティと呼ばれる信仰形態が顕在化し始めた。このバクティに関して、12世紀から13世紀にかけてヴェーダーンタ学派の学匠達によって「ヴィシュヌ神」を崇拝する信仰が理論化された。バクティーは一般庶民の信仰形態として現在まで広く行われている[36]。不二一元論とバクティは正反対とも言える形態だが、現在のヒンドゥー教の中では問題なく同居している。



その後のヒンドゥー教





カジュラーホーのヴィシュヴァナータ寺院(1002年頃)シヴァ神を祀る。寺院の壁面には多数の彫刻が浮き彫りされている


その後北インドではイスラム教徒の征服王朝が交代する時代に入る。タージ・マハルなど北インドの著名な文化財はイスラム教様式である。しかし庶民や南インドの王朝はヒンドゥー教を信奉した。ヒンドゥー教では ブラフマー、ヴィシュヌ、シヴァが3大神とされた。各神は多様な側面を持ち、その性格は一様ではない。その中でヴィシュヌやシヴァは民間宗教の神を取り込んでゆき、多様な神話を通じて多くの信徒を有している。
ヒンドゥー教の複雑さ・分かりにくさの一例として、たくさんの神々を崇める多神教としての姿、シヴァまたはヴィシュヌを至高の神とする一神教的な姿、教理を哲学的に極めた不二一元論のような無神教としての姿のすべてを内在している点が挙げられる。


インドがイギリスの植民地となって久しい19世紀に、ベンガル州を中心に知的エリート層によってキリスト教とヒンドゥー教の知的交流が盛んになり、西欧的な合理主義に基づいて植民地化以前のヒンドゥー教を再興しようとする改革運動が起こった。のちに「ヒンドゥー・ルネサンス」と呼ばれる改革の創始者は「近代インドの父」とも呼ばれるラーム・モーハン・ローイである[35]。バラモン階級出身でウパニシャッドの影響を受けていたローイは、ユニテリアン主義の影響も受け、神は超越的な存在であり聖像などで表現し得ないものと信じ、宗教は合理的で倫理的な体系であるべきであり、道徳法は理性によって理解されるべきと考えた[35]。ローイはサティーや幼児婚といったヒンドゥー教の慣習を非道徳な儀式として非難し、1829年のサティー禁止法の発布に影響を与えた。また、聖像礼拝やカルマ、転生といった概念を迷信として、キリスト教の改革運動をモデルとしたブラフモ・サマージという宗教団体を設立した。


ローイは訪英中に客死してしまうが、その仕事はデヴェンドラナート・タゴール(英語版)ケーシャブ・チャンドラ・セーン(英語版)に引き継がれた。プラーナやタントラを否定するブラフモ・サマージの思想は知識層の関心を集めたが、大衆レベルではまったく人気が無かった[35]


1875年にローイの影響を受けたダヤーナンダ・サラスヴァティー(英語版)は、ブラフモ・サマージに内在する民族主義を発展させたアーリヤ・サマージ(アーリア協会)を発足させた。アーリヤ・サマージはヒンドゥー教を純粋なヴェーダの形態に戻すべきと主張し、ヴェーダ文化を振興させる活動を通じてインドの国民意識を喚起した[35]


一方で、19世紀の著名な聖者パラマハンサ・ラーマクリシュナは、厳しい修行の末にヒンドゥー教の奥義に達した後、イスラム教やキリスト教の神までも感得し、『世界の全ての宗教は神に至る道』[37]と説いてインド社会に大きな影響を与えた。
普遍主義と寛容を強調するラーマクリシュナの信奉者であるヴィヴェーカーナンダは、神性の本質は各個人の内にあり、ヒンドゥー教の実践を通じて理解できると主張し、宗教統一理論をもとにヒンドゥー教を再構築した。ヴィヴェーカーナンダは、1893年にシカゴで開かれた世界宗教会議に参加してヒンドゥー教を世界宗教のひとつに発展させることに貢献し[35]、1895年には僧院ラーマクリシュナ・ミッションを創設した。



現代のヒンドゥー教




  • 地域やカーストによって信仰形態が著しく異なる
    • 一般のヒンドゥー教徒は、輪廻転生などの宗教観念を共有しながらも、長い歴史を経て生活に深く根付いた習慣や身分(カースト)に従って多様な生活を送っている。日々の礼拝・儀礼や年中行事や冠婚葬祭の習慣はカーストや土地や信仰する神によって著しく異なる場合が多い。カーストによる差別は1950年にインド憲法で禁止されているが、それでもまだ根強く残っている。


  • 多数の言語を話す人々に信仰されている
    • ヒンドゥー教の聖典「ヴェーダ」は古代の言語サンスクリット語で書かれている。しかし現在のインド人はサンスクリット語ではなく、各地の言語で生活しており、インドは多言語国家である。インド憲法で公式に認められた公用語は23言語、他に準公用語の英語がある。例えば世界遺産マハーバリプラムがあるタミル・ナードゥ州ではタミル語が使われ、隣のアーンドラ・プラデーシュ州(数多くの遺跡があるハイデラバードを州都とする)ではテルグ語が話されている。タミル語とテルグ語は言語も文字も違う。更にデリーの人はまた別の言葉ヒンディー語を話す。よってヒンドゥー教を「様々な言語を話す人々に信仰されている宗教である」ということも可能である。


  • アジア地域における信仰の広がり
    • インドでは人口の81.4%を占める8億2760万人、ネパールでは人口の過半数、バングラデシュでは人口の14%、スリランカは15%がヒンドゥー教徒である[38]。インドネシアのバリ島では人口の約9割がバリ・ヒンドゥーと呼ばれる独自の習合宗教を奉じ、マレーシア、シンガポールにも相当数の信者が住んでいる。パキスタンでは1.6%程度であり、キリスト教に並んで多い。世界全体での信者数を比較してみるとヒンドゥー教徒は仏教徒よりも多くなる。信者が地域的に偏在していることもあって、日本では世界宗教ではなく民族宗教と考えられており、世界三大宗教の座を仏教に譲っている。




教典





リグ・ヴェーダは最古の、そして最も重要なヴェーダであり[39]、世界的に見ても最も古い聖典のひとつとされている。




マハーバーラタの登場人物、クリシュナ



古代のヒンドゥー教の聖典はサンスクリット語で書かれている。そしてこれらはシュルティ(英語版)(天啓)とスムリティ(英語版)(聖伝)の2種類に大別される。ヒンドゥー教の聖典は何世紀にもわたり口承にて編纂され、記憶され、そして世代を超えて伝承され、後に文字に起こされた[40][41]。何世紀にもわたりリシ(聖仙)たちは教義を磨き上げ、それをシュルティとスムリティに展開した。さらにはヒンドゥー哲学の6学派は認識論、形而上の理論をシャーストラと呼ばれる書物にまとめた。


シュルティ(聞かれた物の意[42])は通常ヴェーダのことを指す。ヴェーダはヒンドゥー教の聖典の中でも最も早い時期に記録されたもので、古代のリシ(聖仙)たちに明かされた永遠の真実が記されていると考えられている[43]。ヴェーダにはリグ・ヴェーダ、サーマ・ヴェーダ、ヤジュル・ヴェーダ、アタルヴァ・ヴェーダの4つが存在し、それぞれのヴェーダはさらにサンヒター(賛歌、祈り)、アーラニヤカ(儀式、祭祀について)、ブラーフマナ(儀式、祭祀の解釈)、ウパニシャッド(瞑想、哲学について)の4つの部門に分けられる[44][45][46]。最初の2つ(サンヒター、アーラニヤカ)はカルマカーンダ(Karmakāṇḍa、施祭部門)とよばれ、残りの2つがジュニャーナカーンダ(Jñānakāṇḍa、哲学的、宗教的思索部門)と呼ばれる[47][48][49][50][51]


ウパニシャッドはヒンドゥー哲学の基礎であり[52][53]、シュルティの中でも特に優れた聖書であるとされ、その基本理念は後の時代のヒンドゥー教哲学や信仰にも継続的に影響を与え続けている[52][54]。サルヴパッリー・ラーダークリシュナンは、ウパニシャッドは歴史に登場して以来ずっと支配的な役割を果たしていると語っている[55]。ヒンドゥー教には108のムクティカー・ウパニシャッド(英語版)が存在し、学者よって幅があるがそのうちの10から13は特に重要なものとしてムキャ・ウパニシャッド(英語版)と呼ばれる[56][57]


最も重要なスムリティ(記憶されたものの意)はヒンドゥー叙事詩とプラーナ文献である。具体的にはマハーバーラタとラーマーヤナがヒンドゥー叙事詩であり、マハーバーラタにその一部として含まれているバガヴァッド・ギーターはもっとも一般的なヒンドゥー教の聖典の1つであり[58]、ヒンドゥー教徒の信仰生活を実質的に規定してきた[59]。バガヴァッド・ギーター(「神の歌」の意)は時にウパニシャッドとみなされギートパニシャッド(Gitopanishad)と呼ばれる。そのためシュルティに数えられることもある[60]。またラーマーヤナはラーム・リーラー(英語版)、マハーバーラタはラース・リーラー(英語版)という名で歌舞劇にされており、各地で祝祭に合わせて上演される伝統がある[61]。一方のプラーナ文献はおよそ西暦300年あたりから編纂されはじめ[62]、広範な神話を含む。これらはヒンドゥー教の共通のテーマを、生き生きとした物語を通して人々に伝えるという役割を担い、布教の中心となっている。またヨーガについて記された古典、ヨーガ・スートラは20世紀になって再評価されている[63]


19世紀のヒンドゥー教現代主義者らはヒンドゥー教のアーリア人起原の要素を再評価し、タントリズム(密教)の影響をうけたヒンドゥー教を純化しようという試みのなかで[64]埋もれていたヴェーダの要素を強調した。たとえばヴィヴェーカーナンダは、たとえそれが古代のリシ(聖仙)たちに明かされたものでないにしても、ヴェーダは精神世界の法律であるという立場をとった[65][66]。タントリズムでは「アーガマ (ヒンドゥー教)(英語版)」という語が彼らにとって権威のある聖典全体を指す言葉であり、また同時にシヴァがシャクティに語った教えを意味する[67]。一方で「ニガマ」(Nigama)という語はヴェーダを意味し、同時にシャクティがシヴァに語った教えを意味する[67]。アーガマ派(聖典シヴァ派)ではアーガマをヴェーダと同等なものとして同様に重視している[68][69]



カースト




身分(ヴァルナ)と職業(ジャーティ)


ヒンドゥー教の特徴のなかで、カースト制度の存在が大きい。カーストは歴史的に基本的な分類(ヴァルナ)が4つ成立し、その下に職業を世襲するジャーティ(生まれ・出生)と呼ばれる社会集団が形成されて、例えば「牛飼い」や「大工」や「床屋」などの職業が世襲されてきた[70]。結果としてインドには非常に多くのカーストが存在する。カーストは親から受け継がれるだけで、生まれた後にカーストを変えることはできない。ただし、現在の人生の結果によって次の生などの生で高いカーストに上がることができるという。現在のカーストは過去の生の結果であるから、受け入れて人生のテーマを生きるべきだとされる。


基本的な4つのカースト(ヴァルナ)とカースト外の身分には、以下のものがある。



  1. ブラフミン(サンスクリットでブラーフマナ、音写して婆羅門・バラモン)
    神聖な職についたり、儀式を行うことができる。バラモンというのは「ブラフマン(梵)を有するもの」の意味で自然界を支配する能力を持つものとされている[71]。「司祭」とも翻訳される。本来のバラモン層は下層集団が持たぬ知識、認識及び、その発見方法としての母(汎)知識(例えば数学)の存在を発見し、蓄積、独占した集団である。



  2. クシャトリア(クシャトリヤ)

    王や貴族など武力や政治力を持つ。「王族」、「戦士」とも翻訳される。釈迦がこの階層に生まれた


  3. ヴァイシャ

    商業、農業、牧畜、工業及び製造業などの職業につくことができる。のちには主として「商人」を指すようになった。


  4. シュードラ(スードラ)
    古代では、一般的に人が忌避する職業のみにしか就くことしか出来なかったが、時代の変遷とともに、中世頃には、ヴァイシャおよびシュードラの両ヴァルナと職業の関係に変化が生じ、ヴァイシャは商売を、シュードラは農牧業や手工業など生産に従事する広汎な「大衆」を指すようになった。「労働者」とも翻訳される。


  5. ヴァルナをもたない人びと

  6. ヴァルナに属さない人びと(アウト・カースト)もおりアチュートという。「不可触民(アンタッチャブル)」とも翻訳される。不可触賎民は「指定カースト」ともいわれる。1億人もの人々がアチュートとしてインド国内に暮らしている。彼ら自身は、自分たちのことを『ダリット』(Dalit) と呼ぶ。ダリットとは壊された民 (Broken People) という意味で、近年、ダリットの人権を求める動きが顕著となっている。カーストによる差別は1950年に憲法で禁止されている。



改宗


他宗教から改宗してヒンドゥー教徒になることは可能である。しかし、そこにはカースト制がある。カーストは親から受け継がれ、カーストを変えることが出来ない。カーストは職業や身分を定める。他の宗教から改宗した場合は最下位のカーストであるシュードラにしか入ることができない。生まれ変わりがその基本的な考えとして強くあり、次の生まれ変わりで上のカーストに生まれるしか方法はないと経典には記されているのが特徴である。そのため改宗による移動を行えないという点がある。


ヒンドゥー教からイスラム教や仏教へと改宗する場合は、下位のカーストの者が差別から抜け出すためであることが多い。しかし、皮肉にもイスラム教徒や、パキスタン人の間にも若干のカースト意識は有ると言われている。カーストはヒンドゥーに限らず、イスラム教徒や仏教徒なども含めた全インド文化に共通する意識であるとも言える。



聖地




ワーラーナシーにおける沐浴


ガンジス川添いには沐浴場(ガート)が設けられた聖地がある(以下は上流側から順に記載)。



  • ガンゴートリー

  • バドリーナート


  • リシケーシュ(リシケシ、リシュケシュ) - 沐浴場のほかヨガの道場(アーシュラム)も多く存在し、ビートルズのメンバーも一時滞在した[72]


  • ハリドワール(ハルドワール)

  • アラーハーバード


  • ワーラーナシー(バラナシ、バナーラス、ベナレス) - 北インド中央、ガンジス川左岸に位置するガンジス川最大の沐浴場。


4大巡礼地




  • プリー インド東部、ベンガル湾沿いに位置するヴィシュヌ神の町。ジャガンナート寺院がある。

  • バドリーナート・ケーダールナート 北インドにある。


  • ドワールカー(ドワーラカー) インド西部にある。


  • ラーメーシュワラム 南インドにある。


他には、神話の舞台や由緒ある寺などが聖地とされている。




  • アヨーディヤー - 『ラーマーヤナ』の主人公ラーマ王子の故郷。

  • ヤムノートリー

  • マトゥラー - ヴィシュヌ神の化身クリシュナの生誕地。


  • カーンチープラム - インド南部の聖地、7世紀頃から栄えたため、古い寺院が多く残っている。

  • ウッジャイン



遺跡




  • プランバナン寺院群 - インドネシアのジャワ島にある。世界遺産の1つ。プランバナン寺院には、かつて約240もの祠堂が建てられていたそう。その後、地震やムラピ山の噴火などでそのほとんどが崩壊。現在は、大小合わせて18の祠堂が修復、再建されている。中心にそびえ立つのはヒンドゥー教の3大主神、ブラフマ(創造の神)、ヴィシュヌ(維持の神)、シヴァ(破壊の神)の3つの祠堂。[73]


  • アンコール遺跡 - カンボジアにある。世界遺産の1つ。



祭礼





ドゥルガー・プージャ、ドゥルガー女神とその子ども達の像は毎年新しく制作され、祭りが終わると川に流される。中央がドゥルガー神、向かって左端が象頭のガネーシャ神




デリー近郊の民家のディワーリー祭の灯明、戸口に幸運の女神を呼び込む明かりが灯される


ヒンドゥー教の祭りはウツァヴ(梵語: Utsava、「高く上げること」の意)と呼ばれ、個人と社会生活をダルマ(法)と結び付ける儀式とされている[74][75]。年間に多くの祭りが開催され、日取りはヒンドゥー暦(太陰太陽暦)に従って定められる。これらは満月(ホーリー)か新月(ディワーリー)、または季節の変わり目を起点にして開催されるものが多くみられる[76]。地域ごとに限定され彼らの伝統を祝う性質の祭りも存在するが、一方でホーリー祭や、ディワーリー祭は汎ヒンドゥー教的性格を持ち、国を越えたヒンドゥー教文化圏全土で祝われる[76][77]。「色祭り」として知られるホーリー祭は、ヒンドゥー教の春の祭典。祭りの期間中、参加者たちは音楽に合わせて踊り、お互いに色粉を投げつけ合う。[78]


ヒンドゥー教の祭りは通常宗教的なテーマや、例えばラクシャー・バンダンのような家族の絆を祝うといった側面を持っている[75][79]。同じ祭りでも宗派によって違うストーリーを背景に持っている場合もあり、また、地域ごとのテーマ、伝統農業や地域の伝統芸能、家族の集まりや、 プージャ(英語版) (お祈り)、祝宴を取り込んでいる場合もある[74][80]


主な祭りを以下に紹介する。



  • ホーリー祭: 春の祭り、ヒンドゥー教3大祭りの一つ。

  • ラクシャー・バンダン: 女性が兄弟の右腕にお守り紐を巻きつけて加護を願う祭り。


  • ガネーシャ祭: 西インドで開催される象頭の神ガネーシャの祭。各家庭では、毎年新しく神像を購入して祭った後、像を川に流す。ムンバイなどの都会では巨大な神像が町を練り歩く[81]

  • ダシェラ祭: ヒンドゥー教3大祭りの一つ。ラーマ神が悪魔を倒したことを祝う。ガンジス川流域では悪魔を倒すドゥルガー女神像を祭る「ドゥルガー・プージャ」が盛大に行われる(左写真参照)。


  • ディワーリー祭: ヒンドゥー教3大祭りのひとつ。富と幸運の女神ラクシュミーを祭る。家業の繁栄を願い家の戸口に灯明を飾って祝う。ダシェラ祭やディワーリー祭には都会に働きに出ている人も実家に帰る事が多い。


  • マハー・シヴァラートリー: シヴァ神の祭り。シヴァとパールヴァティが結婚した日とされている。


  • オナム: ケララ州のお祭り。マハーバリを祝う。


  • ナヴラトリ: ドゥルガーのお祭り。



脚注


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  1. ^ Hinduism is variously defined as a "religion", "set of religious beliefs and practices", "religious tradition", "a way of life" (Sharma 2003, pp. 12–13) etc. For a discussion on the topic, see:"Establishing the boundaries" in Flood 2008, pp. 1–17


  2. ^ ウィル・スイートマン(Will Sweetman)は以下を例として挙げている。


    • Wilhelm Halbfass (1988), India and Europe

    • IXth European Conference on Modern Asian Studies in Heidelberg (1989), Hinduism Reconsidered


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出典




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  2. ^ キリスト教徒・シク教徒、パールシー教徒・ジャイナ教徒・仏教徒など。少数派といっても一千万人以上、少なくとも数百万人の新教徒がいる。


  3. ^ 『インドを知る事典』 22頁。


  4. ^ 現在の人口や国別統計は「Hinduism by country」を参照


  5. ^ 『インドを知る事典』 25頁。


  6. ^ ルヌー, ルイ (1991), 『インド教』, 渡辺照宏・美田稔訳, 白水社, ISBN 4560057230 


  7. ^ 『インドを知る事典』 23頁。


  8. ^ 『インドを知る事典』 40頁。


  9. ^ 高島淳 シヴァ信仰の確立 ---シャイヴァ・シッダーンタと南インド


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  13. ^ MK Gandhi, The Essence of Hinduism, Editor:VB Kher, Navajivan Publishing, see page 3;According to Gandhi, "a man may not believe in God and still call himself a Hindu."


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  26. ^ 森本達雄『ヒンドゥー教-インドの聖と俗』 288頁。


  27. ^ 伊藤雅之「現代ヨーガの系譜:スピリチュアリティ文化との融合に着目して」、『宗教研究』84(4)、日本宗教学会、2011年3月30日、 417-418頁、 NAID 110008514008。


  28. ^ マーク・シングルトン 『ヨガ・ボディ - ポーズ練習の起源』


  29. ^ 『インドを知る事典』 27頁。


  30. ^ 森本達雄『ヒンドゥー教-インドの聖と俗』 73頁。


  31. ^ 『インドを知る事典』 34頁。


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  37. ^ 森本達雄『ヒンドゥー教-インドの聖と俗』 375頁。


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  39. ^ Rigveda is not only the oldest among the vedas, but is one of the earliest Indo-European texts.


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関連項目








  • 宗教、宗教一覧、神、神の一覧

  • インド哲学

  • ヨーガ

  • ヴァーストゥ・シャーストラ

  • ヒンドゥー至上主義

  • インドの宗教間対立

  • ヒンドゥー文明

  • ヒンドゥー暦 - インド国定暦



外部リンク



  • ヒンドゥ建築 (日本語)

  • 日本ヴェーダーンタ協会













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