脂質
脂質(ししつ、英: lipid, lipide[1][2][3])は、生物から単離される水に溶けない物質を総称したものである[4]。特定の化学的、構造的性質ではなく、溶解度によって定義される。
ただし、この定義では現在では数多くの例外が存在し、十分な条件とは言えない。現在の生化学的定義では「長鎖脂肪酸あるいは炭化水素鎖を持つ生物体内に存在あるいは生物由来の分子」となる。
目次
1 定義
2 分類
2.1 Bloorによる分類
2.1.1 単純脂質
2.1.2 複合脂質
2.1.3 誘導脂質
2.2 極性による分類
2.3 けん化性による分類
2.4 LIPID MAPSによる分類
3 脚注
4 出典
5 関連項目
定義
IUPACでもloosely defined termとしているとおり、脂質の定義は厳密なものではない。
従来の伝統的な定義ではその基準を満たしていない脂質が存在するとして、脂質の正確な定義は存在していないとする者もいる。[脚注 1]
- IUPACによる定義[4]
- 非極性溶媒に可溶
- 生物由来の物質
- 伝統的な定義[脚注 2][脚注 3][脚注 4]
- 水に不溶
- 有機溶媒に可溶
- 脂肪酸あるいは炭化水素鎖を含む
- 生物由来の物質
- LIPID MAPSの定義
チオエステルの縮合
イソプレンの縮合
により生合成が始まる疎水性あるいは両親媒性の分子[10]
分類
Bloorによる分類
Bloorの分類[11][12][13]に基づき、脂質はおおまかに単純脂質・複合脂質・誘導脂質の3種類に分けられることが多い。
ただし、これらの分類に当てはまらない物質も数多く存在するため、あまり厳密なものではない。
単純脂質 (Simple Lipid) - アルコールと脂肪酸のエステルをいう。アルコール部分には直鎖アルコールの他グリセリン、ステロールなどが、脂肪酸には多様な飽和脂肪酸または不飽和脂肪酸が使われる。
アシルグリセロール (Acylglycerol; 別称: グリセリド、Glyceride / 中性脂肪)
蝋 (Wax)
セラミド (Ceramide)
複合脂質 (Complex lipid / Compound lipid) - 分子中にリン酸や糖を含む脂質で、一般にスフィンゴシンまたはグリセリンが骨格となる。
リン脂質 (Phospholipid; Phosphatide)
- スフィンゴリン脂質 (Sphingophospholipid)
- グリセロリン脂質 (Glycerophospholipid)
糖脂質 (Glycolipid)
- スフィンゴ糖脂質 (Sphingoglycolipid)
- グリセロ糖脂質 (Glyceroglycolipid)
リポタンパク質 (Lipoprotein)
スルホ脂質 (Sulpholipid)
誘導脂質 (Derived lipid) - 単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される化合物。生体中で遊離して存在するイソプレノイドもここに含める。
脂肪酸 (Fatty acid)
テルペノイド (Terpenoid)
ステロイド (Steroid)
カロテノイド (Carotenoid))
単純脂質
アルコールと脂肪酸のみがエステル結合してできている脂質を単純脂質という。生物では、エネルギーの貯蔵や組織の保護などに利用される。
生物中に多く見られる単純脂質は、アルコールとしてグリセリンをもつもので、これらを総称してアシルグリセロール(英: Acylglycerol)またはグリセリド(グリセライド、英: Glyceride)と呼ぶ。生物的観点からは中性脂肪と呼ばれることも多い。グリセリンには3つのヒドロキシル基があり、エステル結合した脂肪酸の数によってモノグリセライド(Monoglyceride)・ジグリセリド・トリグリセリドと分けられる。生体中では主に脂肪として蓄えられ、必要に応じてエネルギー源として使用される。エーテル型脂質のアルキルエーテルアシルグリセロール(アルキルエーテルグリセリド)もここに分類される。
アルコールとして長鎖アルコールを持つものは蝋と呼ぶ。動物や植物表面に多く見られ、保護物質として働いている。一部の植物を除いて、エネルギー源とはならない。
グリセリンの代わりに、スフィンゴシンとアルコールがアミド結合したセラミドも単純脂質に分類される。
複合脂質
分子中にリン酸や糖などを含む脂質を複合脂質という。両親媒性を持つものが多く、細胞膜の脂質二重層の主要な構成要素であるほか、体内での情報伝達などに関わる。
複合脂質は、部分構造としてリン酸エステルを持つリン脂質と、糖が結合した糖脂質に大別される。また、複合脂質の骨格となる分子は一般的にグリセリンあるいはスフィンゴシンのみであるため、これらを基準としてグリセロ脂質とスフィンゴ脂質に分類することもある。
脂質とタンパク質が複合したリポタンパク質をここに含めることもある。
誘導脂質
単純脂質や複合脂質から、加水分解によって誘導される疎水性化合物を誘導脂質という。今日では、生体中で遊離して存在する各種イソプレノイドもここに含めることが多い。
脂肪酸・テルペノイド・ステロイド・カロテノイドなど、多様な物質が知られている。身体の構成、エネルギー貯蔵の他、ホルモンをはじめとする生理活性物質としてはたらく。
極性による分類
脂質は極性(両親媒性)の有無によって分類されることもある。[14][15][16][17][18]
極性脂質(Polar lipids)
- リン脂質
- 糖脂質
非極性脂質(Non polar lipids)または中性脂質(Neutral lipids)
- 脂肪酸
脂肪族アルコール(高級アルコール)
アシルグリセロール(別名、中性脂肪、トリグリセリド)
蝋(ワックスエステル)
ステロール (含む、コレステロール)- カロテノイド
けん化性による分類
鹸化性すなわち加水分解されるかどうかによる分類。[19][20][14]
けん化性脂質(Saponifiable)
アシルグリセロール(トリグリセリド、中性脂肪)- 蝋(ワックス)
- ジオール脂質
- リン脂質
- 糖脂質
非けん化性脂質(Non-saponifiable)
- 脂肪酸
エイコサノイド
- プロスタグランジン
イソプレノイド
- テルペン
- カロテノイド
- ステロイド
- ステロール
- コレステロール
- 胆汁酸
- ステロール
- 脂肪酸
LIPID MAPSによる分類
LIPID MAPSでは脂質をその骨格にもとづいて大きく8つに分類している。[10][21]
- 脂肪アシル(fatty acyls)
- 脂肪酸
- 蝋(ワックスエステル)
- エイコサノイド
- グリセロ脂質
- トリグリセロール(中性脂肪)
- グリセロリン脂質
- スフィンゴ脂質
- ステロール脂質(sterol lipids)
- ステロール
- コレステロール
- ステロイド
- 胆汁酸
- ステロール
プレノール脂質(prenol lipids)
- イソプレノイド
- カロテノイド
- イソプレノイド
- 糖脂質(saccharolipids) - 脂肪酸と糖のエステル(英語版)
ポリケチド(polyketides)
脚注
^
- Sean Francis O'keefe(2008)
2008年発行のFood Lipidsにおいて、
- 脂質の厳密な定義は存在していない。
としている。[5]
^
- W. R. Bloor(1925)
1925年に W・R・ブルーア[6] (Walter Ray Bloor) によって以下の生化学的脂質の定義がなされている。[7]- 水に不溶、ただしエーテル、ベンゼンなど有機溶媒に溶ける
加水分解により脂肪酸を遊離する
生物体により利用される
^
- Morris Kates(1986)
1986年出版の"Techniques of Lipidology: Isolation, Analysis and Identification of Lipids"にて次のように記載している。[8]- 水に溶けない
- クロロホルム、エーテル、ベンゼンなどの有機溶媒に溶ける
- 分子内に長鎖の炭化水素鎖を含む
- 生物由来
^
- マッキー 生化学(2010)
脂質という言葉は、構造的定義というより操作的な定義であり
- 水には不溶
- エーテル、クロロホルム、アセトンといった非極性溶媒に可溶
- 生物由来の物質
としている。[9]
出典
^ The Adrenocortical Hormones Their Origin - Chemistry Physiology and Pharmacology. Springer. (1962). pp. 49. https://books.google.co.jp/books?id=BLXoCAAAQBAJ&pg=PA49.
^ NORMAN K. FREEMAN,. FRANK T. LINDGREN,. YOOK C. NG,t. AND ALEX v. NICHOLS. SERUM LIPIDE ANALYSIS. BY CHROMATOGRAPHY. AND INFRARED. SPECTROPHOTOMETRY
^ FOLCH J, ASCOLI I, LEES M, MEATH JA, LeBARON N. PREPARATION OF LIPIDE EXTRACTS FROM BRAIN TISSUE
- ^ ab“IUPAC Gold Book - lipids”. IUPAC. Compendium of Chemical Terminology, 2nd ed. (the "Gold Book"). Blackwell Scientific Publications, Oxford (2014年2月). doi:10.1351/goldbook.L03571. 2016年5月30日閲覧。
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^ Bloor, W. R. "Biochemistry of the Fats". Chem. Rev. 1925, 2, 243–300. DOI: 10.1021/cr60006a003.
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^ “Lipid classification system”. LIPID MAPS. 2016年6月1日閲覧。
関連項目
- エーテル型脂質
- 細胞膜
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